雪降る夜はあなたに会いたい 【下】
「真白、いらっしゃい」
理人の柔らかな笑顔に、真白の表情が少し変わったように見えるのは気のせいだろうか。なんとも、胸の奥がじりじりとする。
「理人おじちゃま、おうちにいたんだね!」
嬉しそうに満面の笑みを見せた真白は、既に意識は”おじいちゃま”から”おじちゃま”に移っている。それを感じ取った父はどこか寂しそうだ。
仕方がない。子供は無邪気で、そして残酷だ。父を憐れむふりをして、自分の葛藤は横に置いておく。そうなのだ。真白は、いつも優しげで穏やかな雰囲気を身に纏う理人のことが大好きだった。
「兄さん、雪野さん、いらっしゃい――」
「理人おじちゃま、真白、幼稚園に入ったんだよー!」
理人が俺たちに軽く会釈する合間にも、真白が理人に抱っこをせがむ。打ち捨てられたような父が引きつった笑顔で真白を解放していた。
家では、”おとうさんが一番好き”と言っているのに(言わせているとも言う)、ここに連れて来ると、とにかくライバルが多くて困る。
「そっかー。もう幼稚園か。だからかな、前よりもっと可愛くなった」
「真白、可愛い?」
「ああ、すごく可愛い」
理人に抱き上げられて、嬉しいのか恥ずかしいのか、真白が頬に手を当てている。
そんな仕草、俺にだって見せたことはない――。
「じゃあ、真白が大きくなったら、真白とけっこんしてくれる?」
「何っ!」
”けっこん”って、『結婚』のことを言っているのか――?
「真白、理人おじちゃまとけっこんする!」
「ダメだ!」
考える前に声が出ていた。それも、恥ずかしいほどに必死な声。発してしまってから、しまったと思う。でも、もう後の祭りだ。
「創介さんっ!」
咎めるような雪野の視線も、憐れむような理人の視線も、そして今にも泣きそうな真白の顔も、全部が俺を後悔させる。
「だめ、なの……?」
「あ、ああ、それはだな、真白は、理人おじさんとは結婚できないんだよ。それに、結婚なんて、もっともっと何年も経ってからのお話だから、今からそんなこと考えなくていいんだよ」
必死に取り繕い真白の機嫌をなんとか直そうと言葉を尽せば尽くすほど、真白の表情が歪んでいく。
「――真白。真白が素敵な女の子になって結婚できるようになった頃には、おじちゃんよりもっとかっこいい男の子が現れるよ」
理人のそのフォローも微妙だ。
「それまでは、みんなの真白でいて」
理人がそう言って真白に微笑む。
その笑顔だ――。その爽やかな笑顔がだめなのだ。
「うん。みんなの真白でいる」
「ありがと」
「――お菓子、焼き上がりましたよ」
そんなところに、トレーを抱えた継母が現れた。
「創介さん、落ち着いてください。真白も、ただ無邪気に言っているだけで、深い意味なんてないんだから」
「そんなことは、分かっている。ただ、早いうちに事実は教えておいてあげないと、あとで傷付いても可哀そうだからだ」
そう言い訳するに俺に、仕方がないんだから――とでも言うように雪野が苦笑した。