雪降る夜はあなたに会いたい 【下】
盛大な拍手に迎えられて、創介さんは壇上の中央に立った。
「この度、取締役会の総意で代表取締役社長職を仰せつかることになりました、榊創介です」
真白は、ただ黙ったまま創介さんを見ていた。私も真っ直ぐに見つめる。
壇上にいる創介さんを見れば、やっぱりあの人は、ここに立つべき人だったのだと思い知る。堂々とした姿、一瞬にして会場の空気を引き込むオーラは、生まれながらトップに立つべき人のもの。
でも、ここまで、そんなに簡単な道のりではなかった。創介さんは、私と結婚をして、遠回りをした。そうさせてしまったことに、苦悩した時もあった。
結婚してからこれまでのことが、走馬灯のように蘇る。長いようで短い時間。そんな気がする。とにかく必死に駆け抜けた日々だった。
私のそばには、いつも創介さんがいた。
結婚してすぐの頃、創介さんが言った言葉が胸に過る。
『社長になれないのを女のせいにするような、くだらない男にするな』
本当に、あなたはそんな人じゃなかったね――。
社長の椅子よりも私が大事だと言ってくれた。そして、榊家に生まれた責務も全うするとも言った。私はただ、その背中を見つめていただけだ。
『誰にも何も言わせないくらい、この丸菱を必ず大きくする。雪野は、そう出来ると俺を信じていろ』
私に信じさせてくれた誰よりも格好いい背中だ。
「――丸菱グループは、日本を代表する伝統ある大企業であり、その地位も実績も揺るぎない。そう思っている方も多いでしょう。でも、その気持ちは一切捨ててください」
低くて通る声。そして、迷いのない強い眼差し。
年齢と共に、より男らしく素敵になっている――。
そんなことを思ってしまう私は、やっぱり、心の中に創介さんに恋する気持ちが残っている。
「自分たちの立つ場所に驕りが生まれた瞬間に、積み上げたものなど簡単に崩れ落ちて行く。それを肝に銘じて、謙虚に、そして真摯な気持ちを持ち続けていただきたい。私は、社員の皆さんと共に常に挑戦者でありたいと思っている。そして、成長し続ける丸菱にしたい」
創介さんの声だけが響く静かな会場は、心地よい緊張感に包まれていた。
四十代で丸菱のトップに立ち、そして、榊家一族がその役職に就くということが、どれだけ大変なことか。
”創業家の生まれだから"
その声を黙らせ、納得させて。そして自分よりも年配の幹部たちを率いる。
社長になった後も、むしろなった後の方が、大変なことが待ち受けているかもしれない。
でも、きっと。創介さんなら大丈夫――。
亡くなった創介さんのお母様も、きっと誇らしく見守ってくれているだろう。
「――お母さん」
「ん?」
ずっと黙ったままだった真白が、創介さんの方を向いたまま声を掛けて来た。
「お母さんの気持ち、なんとなく分かった。やっぱり、お父さん、かっこいいかも」
前を向いたまま表情を変えずにそう言った。むしろそれは、照れ隠しなのかな。でも、真白のその言葉が嬉しくて、声を潜めながら喜んでしまった。
「でしょう? お母さんにとっては、社長になる前も今も、変わらずお父さんはかっこいい人」
「何、その顔」
やっぱり、真白に呆れられてしまった。