雪降る夜はあなたに会いたい 【下】


「ここ、久しぶりに来ました――」

創介さんに連れて来られたのは、結婚したばかりの頃に二人で来た、本社最上階にある展望室だった。社長室のちょうど上にあるのだと教えてくれた。先ほどの賑わいが嘘のように、ここには私たち以外誰一人いない。

「ここに来た日のこと、覚えてるか?」
「もちろんです。あなたが、私のために連れて来てくれた場所です」

あの時、一番私が苦しかった時。

「――俺はあの日、絶対に社長になろうと決めたんだ。雪野が、社長になろうがなれなかろうが関係ないと言ってくれたから。ただ、俺がいいんだって言ってくれたからな。もしなれなかったとしても、ずっと隣にいるって言ってくれただろ?」

私の腰を抱き寄せて、創介さんが笑う。

「確か、『しょうがない人ね』って言ってくれればそれでいいって、創介さんが言いましたね。でも、そんな必要なかった」

ふふっと笑うと、創介さんの大きな手のひらが私の頬を包んだ。

「雪野と一緒に目指した目標だからな。おまえと俺とで到達した場所だってこと、忘れるなよ」
「私は、何も。創介さんが、誰よりも頑張ったから――んっ」

私の言葉を遮るように、突然、創介さんの唇で塞がれる。

「相変わらずの分からずやだな。そういう口は塞ぐぞ」
「塞ぐぞって、もう塞いだじゃないですかっ!」

まさか、こんな場所でこんなことをされるとは思わなかった。

「人に見られたら、どうするんですか?」
「そうだな。ここは一般開放されている場所だ。そろそろスタッフが出勤して来る頃か」
「創介さんっ!」

慌てふためく私の腰をより強く引き寄せるから、恨めしく創介さんを見上げた。

「恥ずかしいなら、ちゃんと認めろよ。おまえが努力して来たこと。俺が、どれだけ雪野に感謝しているかってこと。そうしたら、すぐにここから連れ出してやるから」

春の陽の光で溢れる展望室で、創介さんが時おり私に見せる意地悪な表情をした。その表情は、今も昔も全然変わらない。

「……創介さんがいたから、頑張れたの。創介さんがいつも私を助けてくれたから」

創介さんの優しさに心が温かくなって行く。仕事を辞めて、創介さんの側で生きて来ただけの私を意味あるものにしてくれて。私にも同じ価値を与えてくれたのだ。

「よくできました。ではご褒美に、奥様、デートしませんか?」

少しだけ皺のある目尻を下げて、私を見つめる。

「はい」

創介さんが、私の手を握りしめる。そして地上へと下りて行くエレベーターに乗り込む時、立て看板が目に入った。

”展望室 定休日 火曜日”

人なんて、来るはずなかったのだ。知らんふりしている創介さんに、心の中でもうただただ笑うしかない。


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