雪降る夜はあなたに会いたい 【下】


二人だけで、創介さんの仕事関係以外のことで出かけるなんて、いつ以来だろう――。

ただ、街を二人で並んで歩く。それだけで胸が躍る。

 隣を歩く創介さんは、同年代の男性よりも若々しく見える。そして、年齢と共により精悍な顔つきになった。改めて見つめて、そんなことを思う。堂々とスーツを着こなす引き締まった姿に、今でもふと、本当にこの人は私の夫なのかと思ってしまう時がある。

「ん? どうした」

創介さんと視線がかち合った。

「ううん、何でもないの」

それを、つい慌ててそらす。

「俺はおまえに見惚れていたよ。今日の着物姿は、特別綺麗だって、さっきから思っていたところだ」
「そんな冗談、やめてください」

そろそろ四十代半ば。子供も二人いる。そんなことを言われても、素直に受け取れない。

「まあ、いいさ」

恥ずかしがる私にふっと笑うと、店を指差した。

「さあ、食事でもしましょうか、奥様」

創介さんに連れて来られた店は、特別豪華なレストランではなかった。いつも接待などで創介さんと行くレストランは、どうしても高級レストランになる。だからこそ、庶民的なお店に入るとホッとした。そういうことも、全部創介さんは分かってくれている。久しぶりの夫婦だけの落ち着いた時間を肩ひじ張らない場所にしてくれた。


 食事をして、都内の大きな公園を二人で歩く。ただそれだけ。でも、創介さんを独り占めできるみたいで、それが他の何よりも私には嬉しかった。いつもは、子どもたちの父親で、丸菱グループにとって大事な人で。

でも、今だけは――。

私のためだけにここにいてくれる。

「子供たちに感謝しないと。それに、坂上さんにも……」

だから、思わずそう呟いていた。

「子供たちも、気付けばなんでも自分で出来る年になったんだな……。親になると月日が経つのが早くなると聞いたことがあるが、本当だった」
「そうですね……」

真白も、いつの間にか恋をして。でも、考えてみれば、私が創介さんに出会ったのは十八の時。真白とそう変わらない。

「どうした? 考え込んで」
「なんでもありません」

真白が恋をしたなんて言ったら、創介さん、きっと顔面蒼白だ。人一倍真白を心配しているのは、自分の過去を振り返るからなのか。

――世の中には、悪い男が溢れているからな。

そんなことを以前言っていたっけ。

「今度は、思い出し笑いか?」
「いえいえ。なんでもありません」
「一人で思い出して笑うなんて、感じが悪いぞ」

桜が散り終わってしまった木々の下を歩きながら、創介さんが私に不満げに言葉を零している。

「本当に、何でもありませんよ――きゃっ」

一人笑う私の腕を突然引き、桜の木に押さえつけた。

「な、なんですか?」

気付けば、人気(ひとけ)のない公園の果てまで歩いて来ていた。両腕を桜の木に押さえつけられて、創介さんに見下ろされている。

「暗くなるまではと、我慢してやっていたのに――」
「え、えっ?」

風がそよぐ。綺麗にアップにしていたはずの髪から、一筋零れ落ちて私の頬にかかった。

「着物姿の雪野は、たまらなく綺麗で色っぽい」
「着物なんて、たまに着ているじゃないですか……っ」
「この首筋も、胸元も、全部、俺を誘っているだろ」
「そんなっ」

創介さんの唇が私の耳元に近付く。


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