雪降る夜はあなたに会いたい 【下】

「確か、あの人って、丸菱創業家の生まれですよね。長男だから、まさに後継ぎ候補筆頭。超セレブ。なんでそんな人が、こんな遠い関連会社に来てんだか」

寺内さんが大して興味なさそうにそう言った。

「だからだよ。雲の上のセレブで、男らしい容姿に謎まで纏っていると来ている。その上、結婚したばかり。女子社員が食いつきそうなネタ満載の人物じゃないか。そんなわけで、年末特大号は、特集で榊常務を取り上げることにした」

女子という生き物は、本当にふざけた生き物だと思う。

”男ってすぐ女を顔で選ぶのよ。顔さえよければいいの?”

なんて文句を言うくせに、自分たちはなんなのだ。

イケメン、エリート、セレブ……そんな男を見たら、人目もはばからずに騒ぐくせに。男に文句を言うなら我が身を振り返れと言いたい。

「――というわけで広岡。広報誌ブログで、社員から榊常務に対する質問を募集しておけ。室長が、榊常務にインタビューの許可は取ってあるから」
「……はい」
「で、インタビューまでのスケジュールだが――」

俺はふうっと溜息を吐く。


 会議を終えて自分の席に戻る。

 手元にある榊常務のプロフィール。二十八歳で、こんな小さい関連会社とは言え、常務で。

二十八って、俺と三歳しか違わねーし。

何不自由なく育って、輝かしいレールが既に準備されていて、結婚したっていう奥さんだってきっと、清楚で美しい、いいとこのお嬢様なんだろう。

「ふざけてんなー」
「何が?」

寺内さんの声に俺が驚く。

「え? 俺、何か言いました?」
「ああ」
「声に出てましたか……」

資料を片手に苦笑する。

「……ああ、榊常務ね」

寺内さんが俺の手元を覗き込んで呟いた。

「俺たちとは、住む世界が違い過ぎるよなー。ブラックカードとか持ってんのかな」
「持ってんじゃないすか? 俺なんて、うちの常務だって言ったって、未だに顔さえ見たことないんですけど」

平凡な俺たちは、平凡なことを想像するのが精一杯だ。


 広報誌係のブログに『榊常務に聞いてみたいこと』というタイトルで社員に募集してみたら、たったの二日でとんでもないアクセスがあった。予想通り女子社員が圧倒的に多い。

「想像以上の反響だな……」

係長が言葉を失っている。

「まあ、うちみたいな"名ばかり丸菱"じゃない、本家本元”丸菱"の御曹司様ですからね」

寺内さんがへらへらしながらそう言った。

 丸菱グループに就職するのと、関連会社である”丸菱テクノロジー”とでは雲泥の差である。超エリート集団と凡人グループ。自虐的に例えてみて、勝手にイラつく。

「広岡、集まった質問、集計しておいてくれよ。もうこれ以上受け付けたところでさばききれないから今日で締め切ろう」

おそらくうちの女子社員全員から届いているんじゃないかというほどの件数に、集計する前から溜息が出る。
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