雪降る夜はあなたに会いたい 【下】
「奥様との、大喧嘩のエピソードなどあれば教えていただきたいのですが……」
「喧嘩、か……」
常務が腕を組み、考え込んでいる。
……。
……。
相当に考え込んでいる。
「なければ、ないで、構わないので――」
おそるそおる声を掛けてみた。そうしたら、俺に視線を向けて常務が口を開く。
「……そうだな。言い合いになるようなことは、ほとんどない。妻も怒りをあらわにするようなタイプではないしな」
ん?
榊常務の言い方に、少し違和感を感じた。
確かに、すべてを赤裸々に語る義務は常務にはない。おそらく、人に話せるような些細な言い争いなんてしないのだろう。
何かあるとすれば、それは深刻なものなのかもしかない――。
だから、言えない。俺は、勝手にそう解釈した。
「喧嘩なさらないなんて、本当に仲がよろしいですね。羨ましいです」
取ってつけたようなことを言っておく。
「――これまではなくとも、必ずこれから喧嘩することはあると思いますよ! だって一緒に暮らされているんですから。お互い慣れて来ると、必ずいさかいはあるかと思います!」
三井復活……。
奴にとって神原さんの咎めなんて、痛くもかゆくもないのかもしれない。
「やはり、そうかな。喧嘩なんてことになったらゆゆしき事態だ。夫婦喧嘩をした場合、どう対処するのが一番得策だと思う?」
え――?
常務が興味津々とばかりに、三井に食いついている。常務にとってそれほどまでに切実な問題なのか。
「は、はいっ。僭越ながらお答えいたします」
口調は確かに硬くなったが、その態度は全然改まっていない。常務にアドバイスしようなどと、おまえは一体どの立場でものを言っているのだ。相手は年上、それに自分は結婚すらしていない。どの視点で見ても、回答する立場にない。
「夫婦喧嘩は、どちらが悪いにかかわらず、夫である常務がすぐに謝るのが得策かと思います」
「……なるほど」
常務も常務で三井ごときの発言を真面目に受け取っている。