雪降る夜はあなたに会いたい 【下】
「ん? どうした――」
あまりに黙りこくった俺に、常務が不思議そうに視線を寄こす。
「ええとですね……」
俺が言いあぐねていると、鋭い三井の声が飛び込んで来た。
「出会う順番が違ったら、私にも、チャンスはありましたか!」
「は?」
「え?」
俺と常務の声。
その次に入り込んで来たのは、もちろん――。
「あ、あなた、何を言っているんですか?!」
神原さん。その声は、もう耐えられないとでも言いたげな悲痛な怒り。
「あ……ち、違います! そうじゃなくてっ」
バカな三井は、自分の発言のまずさにようやく気付いたのか、その手を大きく振る。
「”私”ではなく、女子社員からの声です!」
「――すみません。そのような質問が来ておりまして。どのようにお聞ききすればいいかと逡巡しておりました」
仕方なく、俺もフォローする。
だいたい。どうしてこの質問を採用したんだ。後ろにいる、室長と係長よ――!
「申し訳ないが、ないな」
常務が静かに、でもはっきりとそう言った。
「私にとって妻でなければならなかったように、皆さんそれぞれに、その人でなければならないという人が必ず存在しているだろう」
赤い糸……ってやつだろうか。
引き寄せられる相手。連れ添う必然にある人。
そんなものが、本当に必ず全員にいるのかどうか。まだ、俺には分からない。
「では、次が最後の質問になります」
「そうか!」
今度は、常務が嬉しそうな顔をした。
「明日が人生最後の日だとして、今日一日どのように過ごしたいとお考えになりますか?」
「それも、仮定の話だな?」
「は、はい。想像していただければ」
もう、何も怖くないぞ。
「――それはもう、一つしかない。妻の傍にいて、妻の望みを叶えることにすべての時間を使いたい」
それは、即答に近かった。考えることも悩むこともなく、すぐに常務はそう口にした。
「……おい」
視界に入り込んで来てしまった三井を見て、すぐに後悔する。
なんで、ちらりと見てしまったのか――。
「どうした? なぜ、君が泣いている?」
そうなのだ。いきなり、三井が号泣しだした。
「だ、だって……、榊常務の恐ろしいほどの奥様への愛情に、感動して」
その言い方、微妙じゃないかと思うが、本人はいたって真面目らしい。何度も目を擦りながらしゃくりあげている。
「はいはい、もう、これで十分ですよね? 広報室の皆様、大変お疲れ様でした――」
待ってましたとばかりに神原さんが飛び出て来た。
「容姿だけでなく、条件だけでなく、奥様への愛情まで世の中に知れ渡ったら、いったいどうなるんでしょう。だって――」
神原さんを更に遮る三井にぎょっとする。
号泣しているくせに、どうしてそんなにおまえは強いんだ――!