雪降る夜はあなたに会いたい 【下】
この日は、取引先企業幹部との会合があった。その後、社に戻る予定だったのが、急遽それが翌週に延期になった。
雪野に連絡――。
そう思ってスマホを手に取った時に、ふと思いつく。
いきなり帰宅して、驚かせてみようか……。
あの顔が、驚いて目を見開いて。そして次の瞬間にその目を弓なりにして笑う、その表情が見たい。
仕事モードから、一気に甘く溶け切った思考に切り替わる。一人にやけながら、帰宅した。
「――雪野、ただいま」
玄関で靴を脱ぎ、リビングへと向かう。
「仕事の予定が急にキャンセルになって――」
俺のもとに飛び出してくるはずの雪野は、いっこうに現れなかった。
「雪野……?」
リビングからキッチンへ、そして寝室にもベランダにも行ってみる。どこにも、雪野はいなかった。
どこかに出かけるとは聞いていない。
買い物にもで出かけているのかもしれない――。
雪野がいないという事実に少し気落ちして、ソファに腰を落とす。
掃除が行き届いているリビングを見回す。壁に掛かる時計を見れば、午後2時半。
そう言えば――。
不意に、一週間前の土曜日のことを思い出す。
先週も俺が不在の土曜日、少し出掛けていたと言っていたような……。
平日にも時間があるはずなのに、どこに出かけているのだろうか。勝手に、”買い物”から”どこかに出かけている”ということにすり替わる。そう思えば、急にこの部屋が寒々しいものに変わった。
いやいや。
ただの買い物だろ。
どこか特別な場所なら、事前に俺に言うはずだ。
そう気を取り直し、ソファから立ち上がった。
寝室に向かい、腕時計を外しスーツを脱ぐ。服を着替えて書斎に向かい、調べ物をする。それでも、やはりどこか落ち着かなかった。パソコンのキーボードに置いた指はすぐに止まる。
どこにいるのか聞いてみようか――。
そう思ったが、帰宅を急かすことになると思ってやめた。
そうこう思っているうちに、玄関の方から物音がした。
「あれ、創介さん、帰っているんですか?」
同時に雪野の声もする。
「……おかえり」
書斎から廊下へと出て、雪野を出迎えた。俺の姿を見ると、その肩を一瞬強張らせた。
「ごめんなさい。もっと帰りが遅いと思ってたから……」
思っていたから、なんだ?
「仕事の予定が、一つキャンセルになったんだ。それで、雪野は買い物にでも行っていたのか?」
と、聞いた後に、雪野が買い物袋らしきものは一切手にしていないことに気付く。
「あ……い、いえ。ちょっと、」
その目が激しく揺れる。
どうしてそんなに動揺する――?
「じ、実家に」
「お母さんのところか?」
「は、はい」
実家に帰っていたと告げるのに、どうしてそんなに言いにくそうにしているのだろう。俺のモヤモヤは晴れない。
「――今から、夕飯の支度をしますね」
気を取り直したように、雪野の表情に笑顔が浮かぶ。