雪降る夜はあなたに会いたい 【下】
結局書斎に戻る気分にはなれなくて、ダイニングテーブルで経済誌を読みながら雪野を観察している。
「……ふん、ふーん、ふん」
キッチンに立ち料理をしている雪野の背中から、鼻歌のようなものが聞こえる。何か楽しいことでもあったのだろうか。
でも、この日雪野が行っていた場所は実家だぞ?
実家で何かいいことがあったのなら俺にも話しそうなものだが……。
「俺も、何か手伝おうか――」
「え? いえ! いいんです。大丈夫! また、今度お願いします」
雪野の隣に立とうとしたら、全力で断られた。
なんだ、なんだ、なんだ。
この、どこかよそよそしい態度はなんだ?
元いた場所に戻り、考え込む。
先週もどこかに出かけていた。そして、今週も。
本当に、実家なのだろうか?
それに、どこか機嫌がいい。
なのに、俺にはよそよそしい――。
そこまで考えて、胸が何かに打ち抜かれる
まさか――。
はっとして、勢いよく雪野の背中を見つめる。
いや。まさか。雪野がそんなはずはない。
でも。
あの流産で、俺はかなり雪野を失望させてしまった。
あんな醜態を見せたのだ。たとえ頭では許してくれたとしても、心の中では何かしこりが残っているのかもしれない。
そうじゃないと、断言できるだろうか?
俺に対する想いに少し翳りが生まれた。
そんな時に、他の誰かに出会ったとして。その隙間に入り込むように――。
平日に雪野がどう過ごしているのかすべてを把握しているわけではない。
習い事の教室で。
その帰宅途中で。
昔の知り合いにばったり再会したりして――。
……いい加減にしろ。
自分のバカバカしい思考に、頭を激しく振る。
本当にバカバカしい。俺はどこまでバカなんだ。
俺は雪野を信じている。そんなことあるはずないと分かっているのに。
馬鹿め。
でも――。
人の心は縛れない。抗おうとしても抗えない感情が芽生えたとしたら。
誰かに恋愛感情を持つのは、持とうと思って持つものじゃない。落ちてしまうものだ。
雪野は俺のために懸命に否定するだろう。
必死に、そんな感情は追い払おうとするだろう……。
ああ、ダメだダメだ。
これ以上考えるな。ないない。そんなことは断じてない。
今度は頭を抱える。
「――創介さん」
俺は本当のアホだ。いくらなんでも妄想が過ぎる。
「ねえ、創介さん」
雪野は俺を愛しているに決まっている――!
「創介さん!」
「そうに決まってるんだ!」
叫んでしまって、我にかえる。
「な、何がですか……?」
ぽかんとした雪野の表情がそこにあった。
「あ……い、いや。なんでもない」
その日から、俺は一人悶々とすることになる。