雪降る夜はあなたに会いたい 【下】
「いただきます」
食卓に並んだ料理を前に、雪野が明るい声で手を合わせた。
「いただきます」
向かいに座る雪野の顔を、ついじっと見つめてしまう。こう見ていれば特に変わった様子はないように感じられる。
やはり、俺の考え過ぎか……。
「お母さん、変わりはなかったか?」
だから、特に深く考えるでもなくそう聞いた。
「え……っ?」
「え?」
なのに、雪野が大きな声を出す。
「どうかしたか?」
「い、いえ。はい、変わりはないです」
その目が泳ぐ。
「そうか。最近、仕事はどうだって? そろそろきつくなってくる頃じゃないか?」
「……でも、そうでもないみたいです。規則正しい生活の基盤になってるからって前にも言っていたので」
明らかに、雪野の言葉がたどたどしい。
「どんな話をしたんだ? お母さんに、最近会っていないからな」
「特に、大した話はしていません」
それじゃあ、実家に行って一体何をしていたんだ――?
問い詰めたい衝動に駆られるけれど、それではまるで尋問しているみたいだ。事細かに聞けば、束縛夫になってしまう。聞きたくても聞けないから、余計に不安が不安を呼び、心の中は重苦しくなる。
食事を終え少しダイニングで過ごしてから、仕事の続きを書斎でしようと廊下に出る。その時、寝室の方から雪野のくぐもった声が漏れて来た。
「――来週の土曜日、大丈夫?」
電話、か――?
「さっきもお願いしたけど、もう一度だけでいいから時間取って。お願い」
来週の土曜に、時間を取ってほしいと頼んでいる――。
相手は誰だ。
「無理を言ってるのは分かってる。でもお願い。次が最後だから」
雪野の必死に縋るような声に、額から嫌な汗が流れ落ちる。心臓は壊れそうなほどに鼓動する。
「……それは大丈夫。来週の土曜日も出勤だと思うから。うん、ありがとう。助かる。じゃあ、また」
会話が終わったのに気付き、慌てて書斎へと入る。
俺に隠れて、一体どこで誰と会おうと言うんだ?
そもそも、今日も、実家だというのは本当なのか――。
デスクの前の椅子に倒れ込むように腰掛けた。
雪野に今すぐにでも詰め寄りたい。
一体何をしているのか。
でも、問い詰めたいという欲求と同じくらいに聞くのが怖い。
”度が過ぎた不安は失礼だ”
いつだか木村にそんなようなことを言われた。あれ以来、むやみやたらに不安になったりしないようにと意識して来た。ここで雪野を問い詰めたら、自分のことを信じていないのかと、今度こそ愛想をつかされるかもしれない。
じゃあ、どうする?
このまま、知らぬふりをするのか――?
頭を抱え、突っ伏す。
雪野のことになると、どうしてこうも臆病になるのか。
軽い気持ちで、聞いてしまえばいいじゃないか。そうしたら、どうってことない答えが返ってくるかもしれない。
でも。俺にとって恐ろしい事実を察知してしまったら――。
目の前が真っ暗になった。
――コンコン。
ドアをノックする音がする。
「創介さん、入ってもいいですか?」
雪野の声に、呼吸が止まる。