雪降る夜はあなたに会いたい 【下】
「急に呼び出して、何事かと思ったら……」
結局、何一つ雪野には聞けず安心することもできなくて。それどころか一人、悪い妄想が暴れ出し収拾がつかなくなって、平日の仕事帰り木村を呼び出していた。
ここは、木村が隠れ家と呼んでいる落ち着いた雰囲気のバーだ。
「雪野ちゃんが浮気なんかするはずないだろ。ばかじゃねーの? いよいよ頭のネジでも吹っ飛んだか」
木村が吐き捨てるように言った。
「俺だって、浮気しているとまでは言っていない。ただ、俺に隠れて怪しい電話をしていてだな――」
「怪しい電話をしているのを聞いていたんなら、さっさと本人に問い質せばいいだろう。雪野ちゃんのことだ。どうせ、どうということのない電話に決まってる」
「それが出来ていれば、おまえなんか呼び出していない。そもそも、嫉妬も独占欲も、度が過ぎると失礼だと言ったのはおまえだ。おまえのせいで、雪野に愛想を尽かされるのが怖くて、何も聞けないでいる!」
昔の俺なら、こんな風に一人で悶々となんかしなかっただろう。
「……おまえさぁ」
カウンター席で隣に座る木村が、心底憐れむような呆れるような目を俺に向けて来た。
「以前の、唯我独尊、俺様御曹司はどこに行ったんだよ。力づくでもなんでもめちゃくちゃな方法で雪野ちゃんをおまえの方に向けさせていただろ。ホント、おまえをここまで変えるなんて、雪野ちゃんって一体何者? 今更ながらに恐れ入る」
”どんだけ雪野ちゃんに嫌われたくないんだよ”
そう、苦笑交じりに木村が零す。
「――嫌われたらおしまいだろ。心が離れたら、もう二度と心は取り戻せない。だから、慎重になる……」
額に手を置き、水滴の付いたグラスを手にした。
これが見当違いの不安なら、雪野は俺に失望するだろう。これ以上失望させたら取り返しがつかない。
でも、もし、本当にその心を揺るがすような存在がいるのなら、早いうちに手を打たなければならない。それこそ、取り返しがつかない。
どちらにも進めず悩んでいるうちに、時間ばかりを消費する。
「だったら、俺が聞いてやるよ」
「……は?」
ゆっくりと顔を上げると、憎たらしいほどにニヤニヤとした顔がそこにあった。
「臆病者のソウスケさんの代わりに、俺が聞いてあげるって言ってるんだよ」
「ふざけるな! おまえになんか雪野に接触させてたまるか。余計に心配の種が増えるだけだろ」
「だったら、さっさと雪野ちゃんに平身低頭聞けばいい。心が広い彼女のことだ。『創介さんったら、おばかさん』って優しくたしなめてくれるだろ」
「その気持ち悪い雪野の真似はやめろ」
腹が立つ。
その嫌味なほどに爽やかな笑みが、俺を無性に苛立たせる。