雪降る夜はあなたに会いたい 【下】

 でも、一つだけ、強烈に印象に残っていることがある。

 私が本社で仕えていた栗林専務のもとに、榊創介が乗り込んで来た。

新規プロジェクト、それも100億単位のビッグプロジェクトだ。ただ一人、栗林専務だけがノーを突きつけていた。

『勢いだけで進めている企画ではありません。緻密な調査と下調べに二年、市場調査、シミュレーション、あらゆる分析で、実行する価値があると出ています。守るばかりでは今ある丸菱を停滞させてしまう。どうか、社の未来のために、栗林専務のお力をお貸しください』

そう言って、栗林専務に頭を下げていた。

王様然とした態度、生まれながらにして滲み出るのだろう堂々たる姿。
いつもすべてが与えられ、当たり前のように周囲の人間はひれ伏す。そんな環境を生きて来た人も、こんな風に頭を下げるのか。

この人は、生まれながらに持つバックグラウンドだけで、仕事を押し進めていたんじゃないんだ――。

その場面は色濃く脳裏に残っている。

 結局、そのプロジェクトを榊創介は成功させた。

 もはや血筋なんて関係ない。そんなものがなくても、文句なしのナンバーワンだった。

 だから、私が関連会社に出向になること以上に、彼がそんなところに異動になることが不思議でたまらなかった。

能力、血筋、何を取り出しても問題ない。このまま社長の椅子に最短でたどり着いても誰も文句なんて言えない。普通なら、このまま本社で一つ一つ階段を駆け上がって行くものだと思っていた。

私だけじゃない、社員の皆がそう思っていたはずだ。

『”丸菱テクノロジー”って、そんな会社あったっけ? これって左遷?』

榊創介の辞令が下りたとき、社内ではそんな会話がひそひそとあちらこちらで起きていた。

いくら役員職に就くとは言え、これでは左遷に等しい。

あれだけのことを成し遂げてきたのに、なぜ――。

人事には、榊創介の父親である社長も関わっているはずだ。それなのにどうして……。

私のような一秘書が疑問に思ったところで、その真相が分かるはずもなく、私が本社を去る日がやって来た。

『君はいずれ必ず本社に戻す。榊創介氏もこのまま関連会社にいるようなお方じゃない。あの人の元で働くのは決してマイナスにはならない。しっかり勤めあげて来てくれ』

倉内課長の目は、その場しのぎの言葉を言っているようなものには見えなかった。

『創介さんを、よろしく頼む』

そう。倉内課長にとって、榊創介は、ただの社員じゃない。社長の息子でもあるのだ。


 倉内課長の言葉を胸に、自分の責務をしっかり果たそうと決めた。

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