雪降る夜はあなたに会いたい 【下】
「――神原か。どうした」
「……あっ」
気付くと、不思議そうに私を見ている榊常務の姿が正面にあった。
「まだ残ってたのか。俺がいるからだな。もう、帰る」
榊常務は、既に電話を終えていたみたいで、鞄を手にしていた。
「お疲れ様でございました」
深々と頭を下げる。
そして見送ったその背中は、もう常務でもなんでもない、ただの一人の男のものに見えた。
榊常務の婚約者は、”ゆきの”というのか。
なんて皮肉だろう。でも、きっと、常務はそんなことにも気付いていない。
これから常務は、どんな表情でその人を抱きしめるのだろう――。
そんなことを考えて頭を振る。
最近、意味のないことを考えてばかりいる。
きっと、慣れない職場で、疲れがたまって来ただけだ。
そう、ただ、それだけのこと――。