雪降る夜はあなたに会いたい 【下】
 
榊常務が、選んだ女性――。

握りしめた手のひらに力が入る。

この人だったら、私だって……。
私だって、その隣に立てたんじゃ――。

そこまで思ってしまいそうになって、慌てて(とど)まる。

でも、自分の意思に反してそう思ってしまった。思ってしまったら、もうだめだった。

 これまで押し殺して来た感情がとめどなく湧きあがる。

 ずっと、手の届かない遠い存在だと思って、諦めるなんて作業さえ必要としていなかったのに。図々しいほどの”悔しい”という感情が私を支配して。どうしようもなく、胸を締め付ける。

急に榊常務が、生身の男性として見えるなんて。こんなの、苦しいだけだ。

 私は、分かりやすい理由を求めていた。努力してもどうにかなるものではない材料が必要だったのだ。

例えば、家柄。これは、私の努力でどうにかなるものじゃない。 

例えば、職業。弁護士や医師、そう言った専門職には今さら就くことは難しい。

例えば、容姿。自分の容姿だって決して人並み以下だとは思っていない。でも私よりずっと美しい容姿だったら、勝ち目はない。

そういう分かりやすい材料――同じ土俵に立とうとすら思わない、そんな材料が必要だったのに。

それなのに。
私の目の前に現れた人の、何が――。

「そうか。そう言えばそうだな。同じ名前だったな」

常務と奥様が、そんなことで微笑みあって。その交わされる視線の一つ一つに、胸がひりつく。

「――では常務。役員へのご挨拶のアポを取っておりますので、よろしくお願い致します」

自分ですら把握できていないこの表情を長々と晒すわけにもいかず、もう挨拶に向かってくれと言わんばかりにそう告げた。

「分かった。じゃあ、行こうか」
「はい」

頭を下げた私の前を、常務と、軽く会釈をした奥様が通り過ぎていく。

そして、二人が出て行った後、部屋中を重くしてしまいそうなほどの溜息を吐いた。

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