姉の身代わりでお見合いしたら、激甘CEOの執着愛に火がつきました
プロローグ
 秋口になり、だいぶ涼しくなってきて過ごしやすくなってきた。
 そんな中、私、新名幸は都内にあるホテルに訪れている。
 暗めのチャコールグレーのハイネックワンピースは、ジャガード生地の部分がお気に入り。だけど、これはいつぶりに袖を通したものだか……。
 今日はそんな些細なことなどゆっくり考える時間もない。
 とある事情により、父親がどこからか持ってきた縁談に出向くこととなっていて、その約束の日が今日。
 いざラウンジ内へと一歩踏み出すと、女性スタッフに尋ねられた。
「いらっしゃいませ。一名様でいらっしゃいますか?」
 途端に、しどろもどろになる。
「いえ。二名、で……。ええと、予約をしているはずなのですが」
 女性スタッフはニコリとして、スッと右手を伸ばして店内を指す。
「かしこまりました。ご案内します」
 スムーズに案内されてほっとする。けれども、店内を歩いていくにつれ、緊張感に襲われた。
 実は今日の縁談はいわくつき。
 元々名前が挙がっていたのは姉だったのだが、私がそれを勝手に阻止した。
 姉はまだ両親に紹介していない恋人がおり、将来の約束もしている話を私は知っている。その姉が不在のときに、両親が縁談の話をしているところに遭遇し、思わず姉を守るために『私がお見合いする』なんて言って手を挙げてしまったのだ。
 私は自分のつま先を視界に入れつつ、眉根を寄せる。
「こちらのお席です」
 ひとり悶々と考えごとをしているうちに、女性スタッフがそう言った。
 店内の最奥、窓際のテーブル席。そこに、見るからに上質そうなスーツを着た男性が席に着いていた。
「失礼いたします。お連れ様をご案内いたしました」
 男性は女性スタッフに声をかけられると、美しい姿勢でスタッフに一礼し、こちらを見た。
 瞬間、私は目を疑う。
 女性スタッフが去ってすぐ、彼は椅子から立ち上がった。
「幸さん、お久しぶりです。菱科です」
 さわやかな笑顔と上品な声。引き締まった身体つきに、目鼻立ちが整った顔立ち。しかし、今驚くべきなのはそこじゃない。
 ほどよい厚みの唇に笑みを浮かべる彼を見て、ひとことも発せずに固まる。
 信じられない……。お見合いの相手って、〝この人〟なの……?
 仕事にかまけて相手の釣書もまともに確認せずやってきてしまったことを、今後悔する。
 動揺する私に、彼は優しい声で「どうぞ」と言いながら椅子を引いてくれた。
 彼を直視できないものの、声でにこやかなのが伝わってくる。
 すぐそばに立つ彼の正体をくまなく確認したい。だけど、そんな心の余裕はない。
 まともに彼と顔も合わせられないまま、席に着く。なんとなく視界の隅で彼も向かい側の席に座ったのを感じ、ますます顔を上げられなくなった。
「会うのは今日で二度目だね」
 フランクな口調で話しかけられたことに、私はたどたどしく口を開く。
「……そう、ですね」
 そう、二度目――。
 彼とは数か月前に、出会っている。
 あのときは、もう会うこともないと思っていたのに、なぜこんな偶然が。
 これって、どんな偶然なの……!
 数分ぶりに目が合った彼は、にっこりと微笑んだ。
「じゃあ、もう俺の誘いを断る理由はないよね?」
 初めて会った日の約束を思い出し、途端に居心地が悪くなる。
「新名幸さん。俺と結婚を前提に交際してください」
 予期せぬ再会とプロポーズに、私の思考はもう停止寸前だ。


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