仕事に悪影響なので、恋愛しません! ~極上CEOとお見合いのち疑似恋愛~
「まあ……。そんな方との縁談が? でも來未も今年で三十三になるものね。縁談なんて聞いて初めは驚いたけど、前向きに受け止めるのもいいかもしれないわね。あの子、仕事ばかりでそういう話をひとつもしたことがないし」
 母は何事にも前向きで明るいタイプ。同時に、こうと決めたら突き進む勢いを持っているのだけれど、それがこんなところで発揮されるとは。
 でも、絶対だめ! 來未ちゃんに縁談なんて! だって、來未ちゃんにはもう心に決めた人がいるって知ってるもの。
 私は姉とは定期的に連絡を取り合い、休日が重なったときには一緒にランチに行ったりするくらい仲がいい。
 だから、家族の中で私だけ先に、将来を約束している人がいるって聞いていた。
 なんでも、世界各国を回って歩くフリーのカメラマンだとか。姉も姉で国際線のCAで、今はチーフパーサーに昇格し、世界中を飛び回っていて忙しそうだ。
 そんなふたりの恋愛は一般的な恋人とはちょっと違っていて、頻繁に会うことはできないけれど、いつか一緒になろうと誓い合ったと照れくさそうに教えてくれた。
 昔から凛としてかっこよく、憧れる存在だった姉の可愛い一面を見て、こちらまで幸せな気分になったのだ。
 頭の中で回想していたところに両親の会話が耳に届き、我に返る。
「そう言われたら、悪い話じゃないのかもなあ」
「そうよ。会うだけでもいいじゃない。なにも絶対に結婚成立させなきゃいけないわけじゃないでしょう?」
 話の展開にいよいよ焦りが抑えられなくなった私は、リビングのドアを勢いよく開ける。同時に両親の顔がこちらを向いた。
「えっ……さ、幸!? 帰ってきてたの!?」
「今の縁談の話……絶対受けなくちゃだめなの?」
 母の言葉に答えもせず、緊迫した心情で父に尋ねた。
「いや……。あ。でも、方々の顔を立てたほうがいいのかもしれないな……」
 姉の顔が脳裏に過る。
 姉ははっきりとした性格だ。この話も、聞かされた瞬間断ると思う。
 だけど、そうなった場合に断りを入れる役目の父に対し、多少なりとも負い目は感じるはず。なにより、姉なりに恋人を紹介するタイミングを考えているだろうから、こんな不測の出来事によって計画が崩れるのは本意じゃないと思う。
 そうかといって、恋人の存在をないことにして縁談を断るのも、きっと姉なら恋人に申し訳ないと感じそうだ。
 今のはすべて、私の勝手な姉の胸の内の想像ではある。
 それでも、やっぱりここで阻止しておきたい気持ちが抑えきれず、衝動的に口が動いた。
「私が代わりに行く……!」
 突拍子もない宣言に両親はぽかんとする。
「なにを言ってるのよ、幸。これは來未に来た話で」
「お願い」
 必死な私に疑問を抱いたのは、もちろん母だ。
「どうしてそんなに縁談に前のめりなの? 幸は今、仕事しか興味ないでしょう」
 鋭い指摘に内心慌てる。追い込まれていたそのとき、ふいにこの間祖母がこぼしていた言葉が頭に浮かんだ。
「しょ、将来的に安心したい……というか。させたい、というか。その、お母さんにもお父さんにも……おばあちゃんにも」
 この感情は、まるきり嘘なわけでもない。祖母の『誰かいい人がいてくれたら安心なんだけどねえ』という言葉が、まだ胸の中で燻っている。
 もしも『いい人』と出会えたら、きっと祖母は心から安堵して、『よかったわね』って喜んでくれる。
 そんなところまで想像していると、母はひとつ息を吐く。
「なるほど。幸はおばあちゃん子だものね……」
「來未ちゃんには、まだなにも言わないで。ほら。仕事で忙しいのに、はっきりしていない話するのも迷惑だと思うし。私になるかもしれないし」
 母と父は顔を見合わせて考え込む。
 父は、確認はするけど期待はしないでくれと言い、ひとまず私の意見を受け止めてくれた。

 あれから数日。仕事に追われて実家に行く暇もなく、慌ただしく過ごしていた。
 だけど夜、寝る間際には、縁談の件を毎回振り返ってしまう。
 縁談なんて身近でも経験した人がいないからよくわからないけれど、未婚の姉妹がいればどちらでも候補になりうるのかな。家と家の縁を結ぶ意図で持ち上がる話なら、どちらが相手でも目的は達成されるし、ない話ではないのかもしれない。
 ただ、そうまでして新名家との繋がりを求める理由が、ずっとわからなかった。
 うちは、旧財閥でも大企業を経営しているわけでもない、一般的な家庭だ。メリットが浮かばないこの縁談に、奇妙なものを感じている。
 祖母に安心してもらうため、という理由も少なからずあった。しかし、冷静になった今、この縁談でそれを叶えようとするのはやめた。とにかく、姉を守れたらいい。
 そう気持ちを固めたある日、残業で父からの電話に出られなかった。代わりに入っていたメッセージを見る。
【例の話、幸が行っても大丈夫だっていうけど、本当に話を進めてもいいのか?】
 その一文を確認し、無意識に深呼吸をしていた。

< 10 / 66 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop