姉の身代わりでお見合いしたら、激甘CEOの執着愛に火がつきました
縁談
 それから約一週間が経った土曜日の今日、顔合わせ当日を迎えた。
 顔合わせについては、都内ホテルの一階ラウンジで当人同士のみの挨拶となっている。先方がそう提案してくれたことは、こちらとしても助かるもので、私はふたつ返事で了承した。両親だけが、最後まで不安そうな顔をしていたけれど。
「ふう」
 私は待ち合わせのホテルの前までやってきて、ひとり深呼吸をした。
 ラウンジスタッフに案内された先にいた男性を見た瞬間、目を疑う。
「幸さん、お久しぶりです。菱科です」
 さわやかな笑顔と上品な声。引き締まった身体つきに、目鼻立ちが整った顔立ち。しかし、今驚くべきなのはそこじゃない。
 ほどよい厚みの唇に笑みを浮かべる彼を見て、ひとことも発せずに固まる。
 信じられない……。お見合いの相手って、〝この人〟なの……?
 動揺する私に、彼は優しい声で「どうぞ」と言いながら椅子を引いてくれた。
 彼を直視できないものの、声でにこやかなのが伝わってくる。
「会うのは今日で二度目だね」
「……そう、ですね」
 これって、どんな偶然なの……!
 数分ぶりに目が合った彼は、にっこりと微笑んだ。
「じゃあ、もう俺の誘いを断る理由はないよね?」
 初めて会った日の約束を思い出し、途端に居心地が悪くなる。
「新名幸さん。俺と結婚を前提に交際してください」
 予期せぬ再会とプロポーズに、私の思考はもう停止寸前だ。
 頭の中が真っ白で、なにから質問していいかさえわからない。さっきのスタッフが戻ってきてオーダーを聞かれても、しばらく意識を現実に引き戻せずにいた。
 すると、彼があの柔らかな微笑みで私を呼ぶ。
「幸さんはなにをオーダーする? 今日もホットカフェオレがいい?」
「あ……は、はい。それで」
 一瞬聞き流すところだったけれど、ホットカフェオレを挙げてくれたのは、以前一緒に食事をした際に私が好んで飲んでいたのを覚えていてくれたのだと気づいた。
「では、ホットカフェオレとホットコーヒーを」
 菱科さんがオーダーすると、スタッフは「かしこまりました」と一礼して下がっていった。
 再びふたりきりになり、目のやり場に困って俯く。
「ところで、さっきの戸惑った反応から察するに、相手が俺だってこと知らずに来たのかな」
 鋭い指摘にギクッとして心臓が飛び上がる。
 相手が知っている人だったってことに意識が向いていて、この場が縁談だってことをすっかり忘れていた。
「す……すみません」
「ああ、ごめん。別に責めてるわけじゃないんだ。俺も縁談の相手が幸さんだとわかったときは驚いたし」
 さっき顔を合わせたとき、私だけが驚いていたと思ったけれど、そうか。考えてみたら、彼はきちんと釣書を見ていたから……。
「それに実は今回のこと、腑に落ちないところがあったし」
「えっ?」
『腑に落ちないところ』って?
 緊張状態だったところに、まさかの再会が待っていた私は、すでに頭の中はひどく混乱中だ。彼の言葉の意味を探る余裕など皆無で、取り繕えない。
「前に君は言っていただろう。ほかのことを考えられないくらいに、今は仕事が楽しいって。あんなに熱心そうに語ってくれてた君が、結婚を考えるかな?ってね」
「あ……」
 言われて思い出した。そうだった。私、あの日、そんなようなことを言った。
 些細な会話ではあったけれど、結婚に対しての熱量はなかったと思われても不思議じゃないかも……。
 俯きがちだった顔が、さらに下を向く。すると、菱科さんは柔らかい笑い声をこぼした。
「そんな気まずそうな顔しなくていいよ。ただ、理由が気になってはいるけど」
 どう答えるべき? 一番の理由が姉を煩わせないための身代わりだなんて、目の前の彼に話せるわけがない。
 懸命に建前になりそうな理由を考えていると、彼が言う。
「誰かのために――表向きだけでも引き受けた、とか?」
 瞬間、ぎくっとして手のひらに汗をかくのを感じた。
 彼は、本当に鋭い。アメリカでもそうだった。いろいろと先回りができるタイプ。
 反して私は急な展開での対応は苦手だ。きちんと下準備をしてから挑みたいタイプ。
 そもそも、今直面しているこれは、仕事とは違う。こんなシチュエーションでの切り抜け方なんて、知るはずもない。
 そのとき、先ほどオーダーした飲み物が運ばれてきた。私は内心ほっとして、飲み物を提供してくれたスタッフに会釈をする。
 スタッフが立ち去ったあと、私たちはどちらからともなくカップを口に運んだ。
 
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