姉の身代わりでお見合いしたら、激甘CEOの執着愛に火がつきました
私はカフェオレを口に含みながら、『話の中心をすり替えるチャンスかも』と考えた。そして、すぐさまカップをソーサーに戻し、菱科さんよりも先に口を開く。
「菱科さんこそ。なぜですか? 私見ですが、菱科さんならほかに素敵な女性との出会いがいくらでも……」
少しずつ気持ちが落ちついてきた。同時に、自分が今日までに抱いていた疑問を思い出す。
彼が、私か姉のどちらかと結婚して、新名家と繋がりたい理由を知りたい。
挨拶直後に『俺と結婚を前提に交際してください』だなんて言わなきゃならない事情って?
菱科さんは飲んでいたカップを戻し、伏せていた瞼をゆっくり上げた。
「なぜと言われれば、俺は君に『もっと話してみたい』と、前に言ったはずなんだけどな」
彼の言葉を受け、以前アメリカで会った際の一連のやりとりが思い返される。
私ともっと話を……って。なにを期待されているか知らないけれど、私はそんなに話の引き出しを持っているタイプではない。
「話って……あの、たぶん期待に添えるようなお話はなにも」
しどろもどろになる私を見ても、彼は変わらずにこやかなまま。
「それはこちらが決めること。それに、『次、会うときが来たら』と約束してくれたのは幸さんだよ」
言葉を失う。確かに菱科さんの言った通り。なにも間違いはない。
だけど、あのとき私は困惑していて口走っただけだし、なにより二度目はないと決め込んでいたから。
戸惑いつくしていると、菱科さんはくすっと笑う。
「別に面白い話をしてほしいわけじゃないから、そう気負わないで」
彼がふいに柔らかい表情を見せる。そのやさしい瞳に目を奪われた。
「ふふっ。君はやっぱり今日も表情が豊かでいい。目が離せない」
菱科さんは、私が自分じゃわからないことばかり言う。
なにが問題って、この人の言葉が嫌ではないこと。気恥ずかしいけど、うれしい気持ちにさせられるから困る。
ああ、そう。言葉だけじゃなかった。……その目。
「俺はこの縁談がうまくいけばいいなと思ってるよ。初めからね」
私は恋愛経験が乏しいせいか、そんなセリフをささやかれたらすぐさま本気にしてしまう。
しかも、落ちついて観察すると、今日も上質そうなスーツを身に纏い、さりげなく袖口から覗く腕時計もものすごく高そう。以前もハイブランドのハンカチを差し出してくれた。
菱科さんって素晴らしい家柄で育ったか、才能ある若き実業家とか、そういう私にとって遠い存在の人だと思う。
そう確信した私は、後先考えず椅子から立ち上がった。そして、その勢いのまま深く頭を下げる。
「すみません。あの約束はなかったことにしてください。それと、今回の縁談も」
もういろいろとキャパオーバー。
とにかく、一刻も早くひとりきりになって、頭の中を整理したくなった。
私は言い逃げするように、その場から離れ、出口へ向かって早歩きで数メートル進む。しかし、飲み物の代金を払っていないことを思い出してしまい、足を止めた。
もう、なにやってるのよ私。あんな失礼な態度で去ってきたっていうのに、戻らなきゃならないじゃない。
自分の失態に前方を向いたまま下唇を噛み、勢いづけて踵を返す。
なんとなく、菱科さんからの視線は感じつつも、テーブルへ戻り、お財布から一万円札を出した。
「出張中は大変お世話になりました。そのときと、今日の分です。では」
ひと息で勢いよく言い切り、今度こそ立ち去った。ラウンジを出てからは、ワンピース姿だということも忘れ、走り出す。
まだ信じられない気持ちは拭えない。ただ、今、本心なのか嘘なのかもわからない彼の言葉にこんなにも翻弄されている。
この動悸は、走っていることだけが理由ではないと頭の隅でわかっていた。
でもそう思うことに抵抗があったから、私はひたすら走り続けた。
その夜、両親から『どうだったの?』と聞かれた私は、曖昧な返しで適当にやり過ごした。
質問攻めやお咎めなどはなく、どちらかというと同情気味だった反応に心の中で苦笑した。きっと両親は、私のことだからそううまくいくとは考えていなかったというところだろう。
いろんなことが起きて頭の中がぐちゃぐちゃだったけれど、自宅に戻ったあとに根本的な疑問が湧いてきた。
あの縁談って、いったいどういう経緯で持ち上がった話だったんだろう。
気になるけれども、終わった話を今さら蒸し返すみたいで誰にも聞けない。
もちろん菱科さんにも、もう会うこともないから聞けるわけもない。
菱科さんを頭に思い浮かべ、ふと思う。
彼は縁談の相手が私だって知って驚いたような話をしていた。アメリカで『次』にまた会えたときって約束をしたとき、なんだか自信を持っているように感じられたのは、やっぱり私の思い込みでだったのかな。
「菱科さんこそ。なぜですか? 私見ですが、菱科さんならほかに素敵な女性との出会いがいくらでも……」
少しずつ気持ちが落ちついてきた。同時に、自分が今日までに抱いていた疑問を思い出す。
彼が、私か姉のどちらかと結婚して、新名家と繋がりたい理由を知りたい。
挨拶直後に『俺と結婚を前提に交際してください』だなんて言わなきゃならない事情って?
菱科さんは飲んでいたカップを戻し、伏せていた瞼をゆっくり上げた。
「なぜと言われれば、俺は君に『もっと話してみたい』と、前に言ったはずなんだけどな」
彼の言葉を受け、以前アメリカで会った際の一連のやりとりが思い返される。
私ともっと話を……って。なにを期待されているか知らないけれど、私はそんなに話の引き出しを持っているタイプではない。
「話って……あの、たぶん期待に添えるようなお話はなにも」
しどろもどろになる私を見ても、彼は変わらずにこやかなまま。
「それはこちらが決めること。それに、『次、会うときが来たら』と約束してくれたのは幸さんだよ」
言葉を失う。確かに菱科さんの言った通り。なにも間違いはない。
だけど、あのとき私は困惑していて口走っただけだし、なにより二度目はないと決め込んでいたから。
戸惑いつくしていると、菱科さんはくすっと笑う。
「別に面白い話をしてほしいわけじゃないから、そう気負わないで」
彼がふいに柔らかい表情を見せる。そのやさしい瞳に目を奪われた。
「ふふっ。君はやっぱり今日も表情が豊かでいい。目が離せない」
菱科さんは、私が自分じゃわからないことばかり言う。
なにが問題って、この人の言葉が嫌ではないこと。気恥ずかしいけど、うれしい気持ちにさせられるから困る。
ああ、そう。言葉だけじゃなかった。……その目。
「俺はこの縁談がうまくいけばいいなと思ってるよ。初めからね」
私は恋愛経験が乏しいせいか、そんなセリフをささやかれたらすぐさま本気にしてしまう。
しかも、落ちついて観察すると、今日も上質そうなスーツを身に纏い、さりげなく袖口から覗く腕時計もものすごく高そう。以前もハイブランドのハンカチを差し出してくれた。
菱科さんって素晴らしい家柄で育ったか、才能ある若き実業家とか、そういう私にとって遠い存在の人だと思う。
そう確信した私は、後先考えず椅子から立ち上がった。そして、その勢いのまま深く頭を下げる。
「すみません。あの約束はなかったことにしてください。それと、今回の縁談も」
もういろいろとキャパオーバー。
とにかく、一刻も早くひとりきりになって、頭の中を整理したくなった。
私は言い逃げするように、その場から離れ、出口へ向かって早歩きで数メートル進む。しかし、飲み物の代金を払っていないことを思い出してしまい、足を止めた。
もう、なにやってるのよ私。あんな失礼な態度で去ってきたっていうのに、戻らなきゃならないじゃない。
自分の失態に前方を向いたまま下唇を噛み、勢いづけて踵を返す。
なんとなく、菱科さんからの視線は感じつつも、テーブルへ戻り、お財布から一万円札を出した。
「出張中は大変お世話になりました。そのときと、今日の分です。では」
ひと息で勢いよく言い切り、今度こそ立ち去った。ラウンジを出てからは、ワンピース姿だということも忘れ、走り出す。
まだ信じられない気持ちは拭えない。ただ、今、本心なのか嘘なのかもわからない彼の言葉にこんなにも翻弄されている。
この動悸は、走っていることだけが理由ではないと頭の隅でわかっていた。
でもそう思うことに抵抗があったから、私はひたすら走り続けた。
その夜、両親から『どうだったの?』と聞かれた私は、曖昧な返しで適当にやり過ごした。
質問攻めやお咎めなどはなく、どちらかというと同情気味だった反応に心の中で苦笑した。きっと両親は、私のことだからそううまくいくとは考えていなかったというところだろう。
いろんなことが起きて頭の中がぐちゃぐちゃだったけれど、自宅に戻ったあとに根本的な疑問が湧いてきた。
あの縁談って、いったいどういう経緯で持ち上がった話だったんだろう。
気になるけれども、終わった話を今さら蒸し返すみたいで誰にも聞けない。
もちろん菱科さんにも、もう会うこともないから聞けるわけもない。
菱科さんを頭に思い浮かべ、ふと思う。
彼は縁談の相手が私だって知って驚いたような話をしていた。アメリカで『次』にまた会えたときって約束をしたとき、なんだか自信を持っているように感じられたのは、やっぱり私の思い込みでだったのかな。