姉の身代わりでお見合いしたら、激甘CEOの執着愛に火がつきました
 そこに、お膳が運ばれてくる。目の前のテーブルは、あっという間に美味しそうな料理で埋め尽くされた。
「さあ、いただこう」
「はい。いただきます」
 私はすぐに目の前のごちそうに意識を奪われた。
 前菜、酢の物、煮物、そしてお造り。お造りには、雲丹がふんだんに盛りつけられている。さらに、追って提供されたのは陶板焼き。
「飛騨牛サーロインステーキでございます。火が消えましたら、お召し上がりくださいませ」
 陶板の火が消える前にも、揚げたての天ぷらを出され、食した瞬間思わず感嘆の声が出る。
「美味しい! サクサクだし、天つゆの味も上品で」
「ゼニスリュクスのレストランも美味しくはあったけど、やっぱり日本で出される料理のほうが出汁の味わいとか馴染みがあるよな」
 満面の笑みで菱科さんが言った意見に、私は頷いた。
「そうですね。それに盛りつけ方とか、見た目も楽しませてくれるなあって思います。視覚からのアプローチって大事ですよね」
 馴染み深い味なのはもちろん、なにより日本料理は芸術的なセンスで盛りつけられている。器のひとつひとつにこだわりが感じられ、素晴らしいものが多いと感じた。
「私も店舗勤務の頃は、お客様からの目線を常に意識し、わくわくするような売り場の見え方を……あっ、すみません」
 悪い癖が出た。私は視線を下げ、箸を止める。
「謝らなくても、前に仕事に熱中しているって聞いていたし、仕事の話に夢中になる幸さんを魅力的だなと思ってる。だから、気にせず好きな話を好きなだけして。俺はそういう君の話が聞きたくて約束まで交わしたんだ」
 彼の優しい声音に誘われて、やおら顔を上げる。
 菱科さんは私と目が合うと、柔らかく目を細めた。
 その瞳は温かく、ドキッとする。だからこそ気恥ずかしくもあり、どうしていいのかわからない。
 浮ついた感情を修正し、気を取り直す。
 菱科さんからアメリカでの話題を出されたことで、胸の中で微かに引っかかっていたことを思い出した。
「あの……少し気になっていたことが。アメリカでの別れ際のあのとき、〝約束〟を果たせるのを……つまり、再会を確信していたんですか……?」
 次会えたら、と話す菱科さんからそういった雰囲気をうっすら感じていたから。
 菱科さんは私の質問を受け、なにを答えるでもなくただ微笑んだ。
 彼の反応は肯定しているのと同じ。だって、違うのなら真っ先に否定するはず。
「まさか……初めから、私が久東百貨店の社員だと……ご存じだったのですか?」
 菱科さんは箸を置き、ひとこと答える。
「ああ」
 彼があっさり認めると、私はすぐさま言葉を返した。
「なぜ、ご自分の立場を打ち明けてくださらなかったんですか」
 すると、菱科さんは戸惑う様子もなく、ノンアルコールドリンクをひと口飲んでからさらりと言う。
「あのときは、まだ正式に久東百貨店のCEOではなかったから」
「そうだとしても、同グループ内の人間だってことくらい教えてくださっても」
「立場を明かせば、君は俺をそういう目でしか見ないだろう? 俺はあのときグループ内の取締役として見られるのが嫌だった。個と個で向き合いたかった」
 間髪いれずに返された言葉に唖然とする。
「というか、そこがそんなに重要? 君の悩みの種は、縁談についてだろ?」
 そう言われてしまったら、否定はできない。日本で縁談の相手として再会さえしていなかったら、出会ったときのことも、今回彼が久東百貨店CEOとして着任したことも、さほど重要な問題ではないから。
 押し黙ったあとに、ふと頭を過る。
 この流れで、もうひとつ聞いてしまえばいいんじゃ……? あの日の縁談は、どういう流れで受けることにしたのかって。姉ではなく、私に代わったことをどう思ったのかって――。
 頭の中では忙しなく言葉が浮かぶのに、現実ではひと声も発せず膠着状態。
 すると、彼が小さな笑い声を漏らした。
「この間、釣書が戻ってきたなあ」
 言われた瞬間、気まずさに拍車がかかり肩を竦める。
「も……申し訳ありません。ですが、どう考えても私にはお受けできかねるお話と」
「それは顔合わせの日に察したよ。だけど、もう少しきちんとした理由を聞かせて。そのくらいはいいだろう? 今後、改めるために必要な情報だからね」
 私は狼狽えつつ、胸の内を打ち明ける。
「理由、は……自社のCEOが縁談相手だなんて。なにかの間違いだったとしか」
 初めは、姉が必要としていないはずの縁談をどうにかしようと手を挙げた。
 その縁談当日に、結局釣書もまともに目を通さず出向き、やってきていたのが久東百貨店の新CEOだなんて。
 そんなの、どう考えても現実として受け入れられない。
 菱科さんは私の回答に冷静に返してくる。
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