姉の身代わりでお見合いしたら、激甘CEOの執着愛に火がつきました
「なるほど。幸さんが引っかかっているのは、久東百貨店のCEOだと。なら、もし俺が別の肩書きになれば、断らずに受け入れてくれるということで合ってるかな?」
「なっ、なにを……別のって、そんな。たとえ話だとしても、着任したばかりのCEOを退任するような言い方は心臓に悪いのでやめてください」
 私の答え方がよくなかったと思い、膝の上の手を握って粛々と頭を下げる。
「すみません。実はこの縁談は、祖母を安心させたくて受けたんです」
 自分の手の甲を見つめたまま、さらに続ける。
「でも……。私、前にもお話しした通り、集中しすぎると同時にふたつのことができない性格だから、仕事との両立は……やっぱり難しそうです。過去にそれで失敗した経験もありますし」
 姉のことが大きな理由ではあったけれど、祖母のことも考えて、今回縁談を受けてみようと思ったのは事実。
 姉のことは正直に話せなかったものの、一部分は本音を伝えた。
「なので、菱科さんがご立派な方というのも理由のひとつではありますが、主な理由としては私自身に問題があるということで……」
 そっと頭を戻すと、菱科さんは顎に片手を添えてつぶやく。
「実績――。つまり過去には恋愛と仕事を同時進行が難しくなり、破綻したと?」
「ええと……まあそういうことです。両立できなかったんです。だからそういった経験も踏まえ、社内恋愛なんて特にハードルが高すぎるというか。だめになったあとは絶対気まずさが残るし、そもそも秘密の交際とか、向いていないタイプだって自分でもわかっていますし」
 ぐだぐだと言いわけを並べているな、とは自分で気づいていた。もっとスマートに、礼儀正しく断れたらどれだけよかったか。
 自己嫌悪に陥っていたら、菱科さんがおもむろに口角を上げた。
「ふ、素直でいい」
「よ、よくないですよ。それが気になって仕事に集中できないオチなんですから」
「んー、なるほどね」
 そうして彼は宙を見つめ、なにかを思案したあと、こちらを見る。
「じゃあ、恋愛は仕事の障害でなく、相乗効果をもたらすものだと証明すればいいわけだ?」
「えっ……」
 ただ瞳を揺らし、戸惑っていると彼が続けた。
「理由は、俺が嫌とか恋愛対象じゃないとか、ほかに好きな人がいるとかではなかった。つまり、君の課題を解決したらいいってことだろう」
 言われて気づく。確かに断る理由を考えたとき、菱科さん自身に問題はひとつもなかった。CEOという肩書きのインパクトが強いくらい。
「恋愛は仕事に悪影響をもたらすだけのものじゃないって、証明したらいいんだよな?」
「え? えー……っと」
 瞬発力が乏しい私は、すべて後手後手に回ってしまい、即座に判断しきれなかった。でも、さっきから菱科さんが説明する内容に関してはまるで違和感はなく、むしろ理路整然としている。
 考えがまとまる兆しもなく、しどろもどろになっていたら、目の前に手を差し出された。私はびくっと肩を上げ、菱科さんを見る。
 彼は驚くほどまっすぐとした綺麗な瞳に、私を映し出していた。
「なら、証明する。だから俺の恋人になってみてくれないか」
「こっ、恋人……? 証明って」
 菱科さんの言葉のニュアンスは『お試しで』といったもの。けれども、そうとは思えないほど真剣な面持ちでいる。
 私は彼の手を受け入れることも否定する言葉を口にすることもできず、心が大きく揺れ動く。
「物事の分析にはデータ収集が必須だろ?」
「そんな、仕事みたいに……」
「商品開発も販売方法も、ファクトデータがなきゃ承認はしない。だから、ファクト(事実)を一緒に確認しないと意味がない。同じことだと思えばいいよ」
 菱科さんのその説得は、さながら業務の一環。
 なんだか仕事にたとえられると、不思議と抵抗感が薄れる。同時に、ほんの少し興味が湧いた。『恋愛は仕事に悪影響をもたらすだけのものじゃない』ことを証明すると宣言してくれたことに。
 自分が原因なのはわかっていても、どう変えていけばいいのかわからなかったから。もし、彼がそれを教えてくれるなら……。仕事一辺倒の不器用な生き方を続けなくても済むかもしれない。
 ぐるぐると考えていたとき、ふいに菱科さんは相好を崩して口を開く。
「結果、おばあ様孝行にもなるかもしれないよ。君も、仕事とプライベートとさらに充実した日々を過ごせるようになるかもしれない」
 その言葉は、迷っていた私にとって最後のひと押しとなる。
 祖母ももう八十歳。病気を患っているし、考えたくはないけれど、いつどうなるかわからないのが現実だ。
 ずっと私を心配してくれている、大好きで大切な祖母を安心させられるかもしれない……?
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