姉の身代わりでお見合いしたら、激甘CEOの執着愛に火がつきました
私はしばらく心の内で葛藤を続ける。そして、ついに興味と欲に負け、いざなわれるように自ら彼の手を握ったのだった。
「ごちそうさまでした。いつも……すみません。ごちそうになってばかりで」
「気にしないで。すごくいい時間を過ごせたから」
屋形船を降り、パーキングに向かう途中にそんなことを言われる。
しかも、さりげなく手を繋がれ、ときおり柔らかく微笑む菱科さんにドキドキしすぎてまともに顔も見られない。
「えっと、お茶! 最後に出されたお茶まで美味しかったですね。あれは屋形船でいただくからではなく、茶葉にまでこだわっているのかなと思ったのですが」
「さすが、鋭い。あれは料理長が納得した茶葉を製造している農家から、直接仕入れていると以前聞いた」
「へえ、すごいこだわりですね」
どうりで素人の私が飲んでも『美味しい』と感じたわけだ。
そんな当たり障りのない会話をしながらパーキングまで戻ったところで、彼が言う。
「幸さん。家まで送るよ」
「あ……ありがとうございます」
慣れなさすぎて、ぎこちない。相手が菱科さんだからとか以前に、こういうつき合いたての甘酸っぱい雰囲気を忘れかけていた気がする。
大体、元カレとはつき合い始めたのが学生の頃だったから、社会人になってからのこういう瞬間は生まれて初めてだ。終始落ちつかず、繋いだ手のひらに汗をかいてる自分がまた気恥ずかしくて、ただ俯いた。
同時に、決して菱科さんを受けつけないわけではなく、ただ戸惑っているだけなのだと薄々感じ始めていた。
助手席に乗り、自宅の大体の場所を伝えて車は走り出す。
菱科さんの車は艶やかな黒色のスポーツカー。ボディのデザインは美しい流線型で、風を切って疾走してゆく姿を思わせる。車に詳しくない私でも第一印象から、かっこいいなと思うようなもの。
そして、当然車内も私は初めて見たり感じたりするものばかり。シートが深くて腰が安定し、身体全体が包まれる感覚だし、ハンドル回りやスピードメーターなども、一般的な車のそれとは少しデザインなどが違っているように思った。
この経験も、菱科さんが言うところの『いいものを知っておくというのは武器になる』に繋がるものかもしれない。
貴重な経験だと今一度考えて、ぼんやり乗るだけでなく、いろんなことを記憶しておこうと背筋を伸ばした。すると、隣から「クッ」と喉の奥で笑いをこらえるような声がして振り向く。
「えっ? な、なんですか」
「いや。本当、真面目だなあと思って」
心当たりのない返答に、首を傾げる。
「顔つきが仕事のときと同じ。今、仕事に繋がるかもしれないと思って座ってるんだろう」
「なっ……」
なんで菱科さんには考えていることが見透かされてしまうんだろう。
それがものすごく恥ずかしく、顔が赤くなっているのがわかるほど熱くなった。
「あーあ。可愛い。可愛いのに運転中でどうすることもできないのが残念だ」
「はっ……な、なにを……あ! 信号、青になりましたよっ」
堪らず話を逸らすように、前方の信号を指さして言った。
菱科さんが再び車を走らせる間、私はさりげなく助手席側のウインドウに顔を向ける。外の景色を目に映しながら、大きな心音をどうにか抑えようと必死だった。
なにか別の話題はないかと考えを巡らせる。
ふいに思い出したのは、今日須田さんから聞いていた菱科さんの話だ。
「そういえば、菱科さんって外商にもいらっしゃったんですね。噂を聞きました」
私は菱科さんのほうに顔を向けた。彼は前方を見たまま答える。
「ああ。渋谷店と新宿店と合わせて四年くらいだったかな」
「あー、どちらも私は勤務したことのない店舗です。だから存じ上げずに……。でも本当にすごいと思いました。あの新宿店で、個人外商部売り上げトップを独走って」
うちは基本的に外商のお客様は担当制だと聞いた。つまり、同じお客様がお買い物をし続けてくれているということ。
「お客様からの信頼も厚かったということですよね!」
ちょうどまた赤信号に引っかかったタイミングのとき、私は得意満面にそう言った。すると菱科さんは、面食らった顔をしてぽつりとつぶやく。
「なるほどね。君はそういう発想に繋がるわけだ」
『そういう』……?
あまりピンと来なくて首を傾げる。しかし、ひとりごとっぽくも思えて、詳細を尋ねるに尋ねられない。
結局私はさっきの言葉を聞き流すことにして、別の質問を投げかける。
「あの、そういう素晴らしい結果を出せる菱科さん的に、お仕事のモチベーションとかやりがいって、どういう部分なんでしょう? ちょっと興味があります」
なにか私に持ちえない信念とか視野とか、絶対に持ち合わせているはず。貴重な話が聞けるに違いない。
「ごちそうさまでした。いつも……すみません。ごちそうになってばかりで」
「気にしないで。すごくいい時間を過ごせたから」
屋形船を降り、パーキングに向かう途中にそんなことを言われる。
しかも、さりげなく手を繋がれ、ときおり柔らかく微笑む菱科さんにドキドキしすぎてまともに顔も見られない。
「えっと、お茶! 最後に出されたお茶まで美味しかったですね。あれは屋形船でいただくからではなく、茶葉にまでこだわっているのかなと思ったのですが」
「さすが、鋭い。あれは料理長が納得した茶葉を製造している農家から、直接仕入れていると以前聞いた」
「へえ、すごいこだわりですね」
どうりで素人の私が飲んでも『美味しい』と感じたわけだ。
そんな当たり障りのない会話をしながらパーキングまで戻ったところで、彼が言う。
「幸さん。家まで送るよ」
「あ……ありがとうございます」
慣れなさすぎて、ぎこちない。相手が菱科さんだからとか以前に、こういうつき合いたての甘酸っぱい雰囲気を忘れかけていた気がする。
大体、元カレとはつき合い始めたのが学生の頃だったから、社会人になってからのこういう瞬間は生まれて初めてだ。終始落ちつかず、繋いだ手のひらに汗をかいてる自分がまた気恥ずかしくて、ただ俯いた。
同時に、決して菱科さんを受けつけないわけではなく、ただ戸惑っているだけなのだと薄々感じ始めていた。
助手席に乗り、自宅の大体の場所を伝えて車は走り出す。
菱科さんの車は艶やかな黒色のスポーツカー。ボディのデザインは美しい流線型で、風を切って疾走してゆく姿を思わせる。車に詳しくない私でも第一印象から、かっこいいなと思うようなもの。
そして、当然車内も私は初めて見たり感じたりするものばかり。シートが深くて腰が安定し、身体全体が包まれる感覚だし、ハンドル回りやスピードメーターなども、一般的な車のそれとは少しデザインなどが違っているように思った。
この経験も、菱科さんが言うところの『いいものを知っておくというのは武器になる』に繋がるものかもしれない。
貴重な経験だと今一度考えて、ぼんやり乗るだけでなく、いろんなことを記憶しておこうと背筋を伸ばした。すると、隣から「クッ」と喉の奥で笑いをこらえるような声がして振り向く。
「えっ? な、なんですか」
「いや。本当、真面目だなあと思って」
心当たりのない返答に、首を傾げる。
「顔つきが仕事のときと同じ。今、仕事に繋がるかもしれないと思って座ってるんだろう」
「なっ……」
なんで菱科さんには考えていることが見透かされてしまうんだろう。
それがものすごく恥ずかしく、顔が赤くなっているのがわかるほど熱くなった。
「あーあ。可愛い。可愛いのに運転中でどうすることもできないのが残念だ」
「はっ……な、なにを……あ! 信号、青になりましたよっ」
堪らず話を逸らすように、前方の信号を指さして言った。
菱科さんが再び車を走らせる間、私はさりげなく助手席側のウインドウに顔を向ける。外の景色を目に映しながら、大きな心音をどうにか抑えようと必死だった。
なにか別の話題はないかと考えを巡らせる。
ふいに思い出したのは、今日須田さんから聞いていた菱科さんの話だ。
「そういえば、菱科さんって外商にもいらっしゃったんですね。噂を聞きました」
私は菱科さんのほうに顔を向けた。彼は前方を見たまま答える。
「ああ。渋谷店と新宿店と合わせて四年くらいだったかな」
「あー、どちらも私は勤務したことのない店舗です。だから存じ上げずに……。でも本当にすごいと思いました。あの新宿店で、個人外商部売り上げトップを独走って」
うちは基本的に外商のお客様は担当制だと聞いた。つまり、同じお客様がお買い物をし続けてくれているということ。
「お客様からの信頼も厚かったということですよね!」
ちょうどまた赤信号に引っかかったタイミングのとき、私は得意満面にそう言った。すると菱科さんは、面食らった顔をしてぽつりとつぶやく。
「なるほどね。君はそういう発想に繋がるわけだ」
『そういう』……?
あまりピンと来なくて首を傾げる。しかし、ひとりごとっぽくも思えて、詳細を尋ねるに尋ねられない。
結局私はさっきの言葉を聞き流すことにして、別の質問を投げかける。
「あの、そういう素晴らしい結果を出せる菱科さん的に、お仕事のモチベーションとかやりがいって、どういう部分なんでしょう? ちょっと興味があります」
なにか私に持ちえない信念とか視野とか、絶対に持ち合わせているはず。貴重な話が聞けるに違いない。