姉の身代わりでお見合いしたら、激甘CEOの執着愛に火がつきました
 午後七時前。待ち望んでいた連絡にすぐさま仕事の手を止め、数分で支度を終わらせてCEO室をあとにした。
 幸と合流したあとは、俺のお気に入りのフレンチレストランへ訪れていた。
 食事を終えてパーキングに向かう道すがら、幸は申し訳なさそうに視線を落として言う。
「ごちそうさまでした。美味しかったです、とても。ですが、こう毎回素晴らしいお店ばかりへ……それもごちそうしていただくのは、些か気が引けると言いますか」
 俺はさりげなく彼女の手を握り、さらりと返す。
「まあ、好きな女性の前でいい格好をしたいんだな、とでも思ってて」
「うーん。けれど今は、その……データ収集中とはいえ一応恋人なんですよね? 自然体で過ごさなければ意味がなくなるような」
 こういうシチュエーションでは、頬を赤らめて照れながらこちらの言葉を黙って受け入れる、そんな流れを想像するところだが、やっぱり彼女は違う。
 眉を顰めて唸り声を漏らし、大真面目に疑問を口にする姿がなんだか可笑しい。
 そんなふうに思っているとパーキングに到着する。
 俺は愛車を解錠する流れでトランクを開けた。
 いまだ難しい顔をしている幸へ、花束を差し出す。
「えっ……?」
「自然体だよ、これが俺の」
 メインは橙色のカトレア。ほかにビタミンカラーで揃えたバラやガーベラなどを添えた花束を、幸に渡した。
「誕生日おめでとう」
 月曜日にもかかわらず半ば強引にデートの約束を取りつけたのは、今日が幸の誕生日だと知っていたからだ。彼女が生まれた特別な日を、一緒に祝いたかった。
 幸はしばらくなにも言わずに、茫然と花束を見つめる。
「これが菱科さんの自然体だとしたら、完璧すぎます……。レストランでだって、まさか、
あんな……」
 彼女を驚かせたのは花束が初めてではなく、レストランが先だった。
 レストランには彼女の誕生日を祝うためのメニューにしてもらった。デザートは小さなホールケーキ。そこにメッセージ入りのチョコプレートを添えてもらった。
「運よく、恋人になってから初めてのデートが君の誕生日だったんだ。張り切るのも当然だろ?」
 意気揚々と返すと、彼女はどう感情を表現をしていいのかわからず困っているようだった。花束を見る素振りをしつつ、顔を半分隠してつぶやく。
「第一、今日は何時に会えるかはっきりしていなかったのに、あのお店の予約はどうしたんですか? ご迷惑をおかけしてしまったんじゃ」
「あの店のオーナーとはもうだいぶ前から懇意にしてもらっているからね。こちらの事情を話したら喜んで協力してくれたよ」
 有名店や腕のいいシェフがいる店を食べ歩くのは、仕事の一環でもあった。
 そんなことを繰り返しているうち、お気に入りの店がいくつもできていた。今日利用した店もその中の一軒だ。
 幸は俺の言葉が真実かどうかを見極めるべく、じっと見つめてくる。
 よっぽど他人に迷惑をかけたくないのかもしれない。もちろん、迷惑をかけたい人間なんていないだろうが、彼女は人一倍敏感なのかもな……。
 俺は助手席のドアを開け、幸を中へ促した。彼女がおずおずとシートに座るのを見届けてからドアを閉め、自分も運転席へ乗り込む。
 シートベルトをしめ、エンジンのボタンに手を伸ばしかけて、ぴたりと止める。
「趣味なんだ。美味しい店を食べ歩くのが。だから君は俺の趣味につき合わされているだけと思ってくれたらそれでいい」
「趣味……」
「そう。自分で作ることができないぶん、誰かが作った美味しいものをいただいてる」
 冗談交じりに笑って言った。嘘はひとつもついていない。
 幸は花束に視線を向けたまま、ひとこと尋ねてくる。
「毎日あんなフルコースを?」
「まさか。ファミレスだったりラーメン屋だったりもするよ」
 俺が即答すると、彼女は怪訝そうな顔をこちらに向けた。
『本当に?』とでも言いたげだ。幸は感情が全部顔に出てるから面白い。
「意外? それともがっかりした? 毎晩フルコースを食べてるって言えばよかったかな」
「がっかりなんて。ただ、今日もこの前も連れて行ってくださった場所を顧みれば、少し意外だなとは……。あ、でももしかして、以前おっしゃっていたことを実践されているのですか?」
「以前?」
「『いいものを知っておくというのは武器になる。ひいてはお客様へ新しいものを伝えられるきっかけにもなりうる』という話です。菱科さんの場合は私とは逆で、一般的な食事についても知識として取り入れたいということなのかな?と思って」
 真剣な面持ちの彼女を見て、改めて驚かされる。
 この子はどこまでも……。
「本当に仕事熱心なんだな」
「あっ。見当違いでしたらすみません。どうか聞き流してください」
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