姉の身代わりでお見合いしたら、激甘CEOの執着愛に火がつきました
 確かに、一般的な紅茶なら茶葉だけでそこまで華やかさは感じられないが、これはフルーツティー。それもドライフルーツが含まれた茶葉だから、色合いや形など目を引くものがある。
 幸はさらにぽつりとつぶやいた。
「確かこれはジャンピング……」
『ジャンピング』というのは、今目の前で起きている茶葉の動きを表す言葉。
 昨年のフェアが開催される前に、茶葉を扱うメーカーを招いた研修会で習ったのだろう。
「ああ。そういや、来月催事場で出すだろう。【冬のティーブレイク】だったかな」
「そうなんですよ。私が前任の方から引き継いだ企画ですね」
 幸は弾んだ声で答えている今も、ずっとティーポットの茶葉に夢中だ。
「幸、堪能してるところ悪いけど、そろそろだ」
「あっ、すみません」
 茶葉を蒸らす時間は約三分。俺はティーポットを傾け、茶漉しを通してカップに注いだ。
 密かに幸を横目で見たが、相変わらず瞳を輝かせて水色を見続けている。
 興味を抱けば、ひとつひとつ夢中になる姿がなにも無垢な子どもみたいで、こっそりと笑った。
「どうぞ」
「ありがとうございます。いい香り……いただきます」
 カップに華奢な手を添え、長い睫毛を伏せてゆっくり息を吸う。再び瞳を露わにすると同時に、彼女はこの上なく幸せそうに破顔した。
「美味しいです! 以前試飲でいただいたものと違うフレーバーですが、私はこっちのほ
うが好きかも」
「それはよかった」
 幸はすっかり緊張も解れた様子で、ふたくちめを楽しんでいた。
「幸」
 ティーカップをソーサーに戻したタイミングを見計らい、片手に乗るくらいのショッパーを彼女に渡す。
 幸はそのショッパーを見て、くりっとした瞳を俺に向ける。
「これは?」
「プレゼント」
「え? ですが、プレゼントはさっき素敵な花束を」
 動揺する幸の手にショッパーを持たせ、ささやいた。
「プレゼントはひとつって決まりはないだろ? 開けてみて」
 俺にそう言われた幸は、おずおずとショッパーの紐につけられていたリボンを解く。そして、中から小箱を取り出し蓋を開いた。
「ネイル……?」
 贈り物用の小箱にはアイボリーのペーパーパッキンが敷き詰められ、その上にネイルボトルが四本並べられている。
 幸はネイルボトルをひとつずつローテーブルに並べ、最後のひとつを手に取り顔を綻ばせた。
「可愛い……。これ、最近プレスリリースの記事見ました。美容効果もあって発色もよくて、従来のネイルポリッシュに比べて速乾で長持ちだって」
 興味を示す幸の指先は、今はネイルも塗られておらず、素の状態。
 初めて一緒に食事をした日。幸は、最近は忙しくて爪のケアも最低限だけだと話していた。そのあと、恥ずかしそうにサッと手を隠した彼女の、居た堪れなさを押し隠すような表情が忘れられない。
 おそらく、販売員のときは爪の管理も気を配っていたのだろう。お客様と関わる以上、身なりに気を使っていたのはなんとなく見て取れたから。
 そして、まだ慣れない仕事を優先し、打ち込んでいるため、自分に時間をかけられないのではないかと考えた。
 幸いなことに、俺は外商部にいた経歴がある。そのときの知識で、どのブランドのどんなシリーズが人気かはわかる。加えて、コスメに関わらず今もなお新しい商品はチェックをしているから、今回プレゼントを選ぶ際に困ることはなかった。
 ローテーブルに並んだ四本のネイルポリッシュに視線を向け、幸に尋ねる。
「どう? 気に入った色はある?」
 ヌーディーなピンク、少し明るいローズピンク、落ちついたパールベージュの三種類と、ベースコートとトップコートを用意した。
 それらは、もちろんメーカー販売員にも話を聞いたが、最終的には俺が幸の好きそうな色、似合いそうな色を選んだ。
 幸はジッと色を見比べて、ローズピンクを選ぶ。
「その色? 俺も一番気に入ったやつだ」
「そうなんですね。すごく素敵なプレゼントをありがとうございます」
 一番が同じだとわかっただけで、こんなにうれしいとは思わなかった。
「今、塗る? やってあげようか。心配しなくても、俺、手先は器用なほうだよ」
「えっ、いや! 自分で!」
 幸は顔を赤らめて遠慮する。
「そう? それは残念」
 俺が幸の手を取ってわざとがっかりして見せると、彼女は目を泳がせて「ごめんなさい」とこぼした。
「ふ、いいよ。じゃあ、俺の楽しみは次の機会に取っておく。ほら、よかったら今塗って見せて?」
 すると、幸は数秒考え込み、ベースコートに手を伸ばした。それから指一本ずつ、ゆっくりと刷毛を滑らせる。
 手際よく、丁寧に工程を進めていき、トップコートを塗り終えたときには、彼女の白くて細い指先がローズピンク色で華やかになっていた。
「できた。あとは乾くまで少しの間、このまま」
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