姉の身代わりでお見合いしたら、激甘CEOの執着愛に火がつきました
 彼女は両手の指を開いて、自分の爪をうれしそうに眺める。
「幸。下にずっと座っていたら足が痛くなる。ソファにおいで」
「はい。ありがとうございます」
 ネイルに夢中だった名残りなのか、幸は警戒心なく俺の隣にすとんと座った。
 彼女は自分の膝の上で、変わらず指を広げている。俺はそんな彼女の爪を、まじまじと見た。
「思った通り、幸によく似合う。綺麗だ」
 心の声をそのまま口に出し、ふと幸の顔を見る。彼女は、頬を今しがた塗り終えたネイルポリッシュと同じ、ローズピンク色に染めて潤んだ瞳を向けてきた。
 今日、仕事中に見た表情と同じだ――。
 あのときは一度、我慢した。だから、二度目だって耐えられる。
 そう頭の中で思っていたはずなのに、気づけば彼女に手を伸ばしていた。
 幸の長い髪を小さな耳にかけると、彼女は両手を宙に浮かせた状態でじりじりとソファの端へ移動する。
 潤んでいた瞳には困惑の色が浮かび、俺はそれをわかっていて徐々に距離を縮めていった。
 ソファのアームレストまで追い詰めたとき、幸が赤く小さくな唇を開く。
「あ、あの、まだ乾いてないので……」
 俺は彼女の華奢な手首を軽く掴み、爪を一瞥して微笑む。
「ああ。せっかく綺麗に塗れているからな。気をつけて」
「そ、そんなっ……! ずるっ……ン」
 次の瞬間、無防備な彼女の両腕の間をすり抜け、唇を重ねた。
 一度口づけてしまったら、ストッパーが外れて二度、三度を甘い唇が欲しくなる。ときどき滑らかな頬や首筋に唇を寄せ、四度目のキスを交わしたあと、おもむろに幸を見た。
 羞恥心に満ちた表情を浮かべつつも、その瞳は蕩けている。
 好きな人の可愛い顔を前にして、いとも容易く理性が崩れていくのを感じた。
「菱科さ……」
「まだだ」
 俺はトップコートが完全に乾ききっていないことを理由に、彼女の両手を頭の上に緩く拘束する。
 幸を真上から見下ろし、一度気持ちを抑えて言った。
「……嫌なら、ネイルなんか無視して俺を突き飛ばして」
 俺の質問に幸は一度目を大きくさせて、か細い声で弱々しく答える。
「わ……わかん……な……ぃ」
 最後は瞼を固く閉じて横を向いてしまった。
 彼女を怖がらせてしまった、追い詰めてしまったと反省し、静かに彼女の頭を撫でる。
「本当に? 正直に言っていいんだよ」
 この答えによっては、もう二度と彼女に触れられないかもしれない。
 けれどそれは、我慢がきかなかった自分のせい。
 粛々と受け止める覚悟で、彼女の血色のいい唇が動くのを黙って待つ。
 すると、閉じていた目をゆっくりと開けた幸は、横目で俺を見ては小声で漏らす。
「……だって。データ収集は一緒にしなきゃ意味がないって言ったの……菱科さんでしょ……?」
 わずかに小さな肩を震わせているのに、その魅惑的な唇からこぼした言葉は予想外に挑発的だ。
 意地なのか、探求心なのか。どちらにせよ、俺の情欲を掻き立てる。
 俺は彼女の顔を両手で包み込み、こちらをまっすぐ向かせる。
「確かに。じゃあ、〝俺とのキスは嫌じゃない〟ってデータ結果でいい?」
 幸の耳に直接そう告げると、俺は噛みつくようなキスをした。
「ひ、菱科さ――ふっ……ンン」
 ときおり、くぐもった声で俺の名を呼ぶ彼女が可愛くて、何度も口づけを繰り返す。
 気づいたときには、もうすっかりトップコートは乾いていた。

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