姉の身代わりでお見合いしたら、激甘CEOの執着愛に火がつきました
 はっきりとした顔立ち。鼻筋は通り、眉は凛々しかった。さらに、その下には一重瞼の目は怜悧でうっかり見入ってしまう。背もかなり高め……百八十五センチくらいあるかもしれない。この距離でずっと見上げ続けていたら首が痛くなっちゃう。肌も綺麗ですべて
が完璧。年齢は私よりも少し上かな。三十代前半くらいに見える。
 出会ったことのない美しい男性を前に、ぼうっとする。けれども、彼が首を傾げて微笑んできたことで我に返った。
 そういえばこの人、日本語を話した。きっと日本人なんだ。馴染み深い髪色や瞳の色、そして言語と、つい気持ちが緩みそう。
「あの! なんてお礼を言えばいいのか! これは大事なものが入っていて。本当に助かりました。なにかお礼を!」
 といっても、ここじゃ土地勘もなければカフェのひとつも知らないし、コーヒーの一杯もごちそうできない。どうしたらいいかな……。
 必死で考え、ひらめいたのは地図アプリ。
 首からぶら下げた紐を引っ張り、スマートフォンをジャケットの内ポケットから抜き取った。急いでどこかお礼に適した場所はあるかどうか、探し始めたとき。
「お礼とか気にしなくていいので。それより、怪我してる」
「え? あ、本当だ。でもいいんです。仕事道具が戻ってきたならそれで」
 男性に指摘され、膝を擦りむいているのに今気づいた。思いのほか、勢いよく転んだのだろう。脛のほうまで血が流れている。
 血が苦手な私はパッと目を逸らし、笑顔を作って取り繕う。
「仕事道具が無事戻ってきたなら、次は手当てを優先しないと」
 男性はそう言うとハンカチを出し、跪いて傷口を押さえてくれた。
「あいにく絆創膏は持ってないから、これで」
「あっ、汚れちゃいますから!」
 足を引っ込めようかと思ったものの、すでに患部を強く押さえられてしまってもう遅い。
 申し訳なさを募らせるばかりで、なんと言葉をかけていいかわからなくなる。
 狼狽えている間も彼は私の傷口を押さえてくれていて、尋ねられた。
「歩ける? 行き先は遠いの?」
「えっと……土地勘がないので、距離感もあまり」
 遠いのか近いのか、はっきり答えられるほど慣れていない。
 彼は綺麗に生え揃った睫毛を伏せ、私の傷を気にしながらさらに問う。
「どこへ行くの?」
 一瞬警戒してしまった。だけど、わざわざ泥棒を追いかけて走って、見知らぬ私のリュックを取り戻してくれたうえ、自分のハンカチを惜しげもなく使ってくれた。どうやったって、悪い人には思えない。
Zenith(ゼニス) Luxe(リュクス) Hotels(ホテルズ)に……戻るんです」
「ゼニスリュクス? 俺もそこに宿泊している。ちょうどそろそろ戻ろうと思ってたから、一緒にタクシーで帰ろう」
「えっ。ですが……」
 これは本当に偶然なのか、それともなにか謀られているのかわからなかった。
 彼はそんな私の顔色を瞬時に読み取ったのだろう。小さく笑い声を漏らしたかと思うと、こう言った。
「心配なら、君がドライバーに行き先を伝えてくれたらいい」
 大人になってまで、どこかへ連れ去られるかも、だなんて一瞬でも本気で心配することになるなんて思いもしなかった。
 でも、ここまで余裕綽々で受け答えするんだもの。きっとこの人に裏はない。
 身なりもセットアップに白のトップスを合わせ、綺麗で清潔な印象。話し方も理知的、振る舞いも紳士。こんな人を相手にすれば、否が応にも疑えないというか。
「じゃあ……お言葉に甘えて。あ、乗車料金は私が。レシートを社に提出すれば経費になるので」
「んー、そうか。俺が支払うつもりだったけど、レシートがなきゃないで君のほうでいろいろ都合が悪くなるか。なんか俺が得する感じになっちゃうな」
「いえ、そこはお気になさらずに」
 出会って間もないし、少ししか会話もしていないけど……この人、すごくスマートな人だ。配慮が自然だし、なにより対応が、頭の回転が速い。
「これあげるよ。とりあえず、少しは止血できたとは思うけど。必要ならタクシーの中でも使って」
 私は彼と交代してハンカチに手を添える。そっと傷口から離すと同時に、痛みを感じて顔をしかめた。
「よし、行こうか」
 彼の先導でタクシーに乗る。彼が気を使って私に行き先を言わせたけれど、発音が違っていたのか、うまく通じず。結局、彼に代わってもらった。
 彼はネイティブスピーカーなの?と思うほど、綺麗な英語を操っていた。
 タクシーが走り出して数分経ったとき、彼が突然口を開く。
「あ、やっぱり一か所寄り道しても?」
 反射的に警戒心が生まれ、つい訝しい気持ちで彼を見た。
「ドラッグストアにね。それ、やっぱりきちんと処置したほうがいいだろ?」
「あっ」
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