仕事に悪影響なので、恋愛しません! ~極上CEOとお見合いのち疑似恋愛~
 抜きや好きなことへ時間を充てるのは、メリハリをつける意味でも重要だ。
 次に会ったとき、きちんとお礼を伝えよう。昨夜は……正直そんな余裕もなく、帰宅してしまったから。
 そうして迎えた昼休み。
 きりのいいところまでやっておきたくて、とノートパソコンの画面に集中していると、スマートフォンが振動する。
 またなにかの情報更新かな?と、軽い気持ちでスマートフォンのディスプレイを覗いた。瞬間、スマートフォンを隠すように勢いよくバッグへ戻す。
 心臓がドッドッと大きく脈打つ中、もう一度バッグへ手を伸ばした。そろりとディスプレイを見て、【菱科京】の文字を確認する。
 周囲をさりげなく見回すと、ほとんどの社員が出払っていて、部署内に残っている社員は遠い席の人だけ。
 挙動不審に見えないように、さりげなくスマートフォンを操作する。メッセージを開いた途端、声をあげそうになった。
【今日の髪型も可愛い】
 思わず自分の髪を押さえ、キョロッと部署の入り口付近を見た。もちろん、そこに菱科さんの姿はない。
 今日の髪型とは、ハーフアップのこと。
 私はいつも、ひとつに束ねて首周りをすっきりさせる髪型を意識している。それは販売員として勤務していたときに、そうしようと決めた。
 お客様が私にご用のある際に、見つけてもらいやすいようにあまり雰囲気を変えないようにしていたのだ。
 そのため、今日は数人からちらほらと『めずらしいね』と声をかけられていた。
 私はスマートフォンに向かって小声でつぶやく。
「もう……誰のせいで」
 そう。これは紛れもなく〝菱科さんのせい〟だ。
 私の首筋に跡が残っていることに気づいたのは今朝。だから私は、それを隠すために髪を半分下ろさざるを得なくなって……。
 そこまで考え、恥ずかしさに耐え切れずスマートフォンをデスクに伏せた。
 いったいどこで見たんだろう。あ、午前中は広報部とか経理部とかにも行ったし、その移動中とか?
 自然と上がっていた呼吸に気づき、長い息を吐いて平常心を心がける。手を置いたままのスマートフォンを一瞥した。
「……これにどう返信すればいいの」
 胸の奥がそわそわする。
 私は気を紛らわせるため、席を立った。
 久東百貨店本社には、三階フロアに広いオープンスペースがある。そこは商談に使ったり、打ち合わせに使ったり、ランチに使ったりと自由だ。
 空いている席に座り、手製のお弁当を広げる。両手を合わせて心の中で『いただきます』と言い、食べ始めた。三分の一食べ進めたときに、飲み物を用意するのを忘れていたことに気がつく。
 私はお弁当に蓋を乗せ、オープンスペース入り口付近の自動販売機へ足を向けた。
 温かい緑茶を選んで、取り出し口から商品を取り出した直後、なにげなく数メートル先の廊下に目を向けると菱科さんがいた。
 一緒にいるのは、たぶんうちの社員かな。男性ふたりと菱科さんがなにか話をしながら歩いている。
 改めて、男性社員と対比すると菱科さんはスタイルがずば抜けていいことがわかる。ほかのふたりもスタイルはいいが、彼らよりも頭ひとつ分くらい背が高い菱科さんは、当然そのぶん手足も長く、モデル体型だ。
 あれで顔立ちもよく、身体も引きしまっていて仕事もできるなんて。目立って仕方がない。
 彼の隣に自分が立つ想像をし、すぐに居た堪れなくなって気配を消した。
 だけど、その場からすぐ立ち去れなかった。なぜなら、もう少し菱科さんを見ていたかったから。
 これは……そう。ミーハー心にも似たもの。目の保養的な? 綺麗なものって、じっくり眺めたくなるし。これまで菱科さんと一緒にいても、まじまじと見るチャンスなんかなかったし。
 誰に説明するでもない言い訳を胸の中で並べていると、ふいに声をかけられた。
「新名さん、お疲れ」
 驚く声をあげたくなったのをぐっと堪え、平然とした顔で振り返る。
 そこにいたのは須田さんだった。
「お疲れ様です」
 さりげなく菱科さんのほうへ背を向け、その場から離れようと試みたとき。
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