仕事に悪影響なので、恋愛しません! ~極上CEOとお見合いのち疑似恋愛~
 彼しか見えなくなって、今夜のメニューも一瞬で忘れてしまうほどに。
「キス、させて」
 律儀に許可を取るみたいに前置きしたあとは、私の反応を見ながら徐々に鼻先を寄せてくる。私が抵抗しないと確信すると、さっきまでの紳士的な人とは思えないほど情熱的な口づけをされた。
「……ふっ、う、ン」
 息も切れ切れになるくらいのキスに、うまく応えられない。でも彼はそんなたどたどしい私でさえも、ときおり愛しそうな眼差しを向け、再び唇を重ねるという行為を繰り返した。
 いつしか、彼の腕に身体を預けてようやく立っている状態だった。
 菱科さんを仰ぎ見ると、「ふふ」とうれしそうに笑う。彼の笑顔がとても幸せそうでこちらまで温かい気持ちになった。
 次の瞬間、ふわっと身体ごと抱え上げられる。
「わっ」
「幸の決定に従う。五秒以内に寝室の扉を教えてくれたら、このまま今夜は離さない。教えてくれなかったら、今日はここまでにしておくよ」
「えっ……」
 そんな選択を今、急に!?
 菱科さんを凝視するも、彼はわずかに口角を上げて黙って待つだけ。
 五秒って短すぎる。なにをどう考えるべきなの……?
 短いと思っていた五秒間、彼は一度も目を逸らさずに私を見つめていた。熱い視線に胸の奥がしめつけられ、単純に『離れたくない』と思った。
 そう。それがすべて。
 私が、寝室の扉を指さした理由は――。
 菱科さんが歩き出した途端、心臓が早鐘を打つ。
 こんなことを決断したのが自分で、彼を寝室に招き入れたのも私が決めたこと。
 彼は私をベッドに下ろし、顔の横に両腕をついて見下ろした。
 室内の明かりは、少し開いたドアの隙間から漏れてくるリビングの光だけ。その微かな光に横顔を照らされている菱科さんは、至極真剣な面持ちでいた。
 その柔らかな唇はゆっくりとキスを落とし、頬、耳、首筋へと順に口づける。
 私は彼が与える刺激だけを追い、つい先ほど宣告された通り〝彼でいっぱい〟になっていた。
 私の胸元に顔を埋めていた菱科さんが、おもむろにこちらに目を向ける。
「幸が気にしている『目の前のことだけに夢中になりすぎる』ところ、欠点なんかじゃないよ」
「え……? んっ」
 頭がふわふわとしていて話に集中しきれずにいたら、彼は頬から首、肩を伝って手のひ
らへと指先を滑らせる。
「菱……科さ……ん、う」
 最後は指を絡ませ合うように手を握り、唇を塞がれた。
 溺れる感覚にも似た息苦しさの中で、私は自分の呼吸も二の次で菱科さんのことしか考えていなかった。
 彼がおもむろに口を離したあと、私の目を覗き込む。
「つまり、幸はこういうシチュエーションでは頭の中が俺のことだけになって、一生懸命応えてくれるんだろう? そんなの考えただけで可愛すぎる。現にもう可愛い」
 噛み砕いて説明されたら、認めるしかなかった。
 私、もうずっと菱科さんのことばかり考えている。
 目の前の彼を瞳に映し出すたび、胸が甘やかな音を立てている――。
 次の瞬間、これまで余裕しか見せなかった菱科さんが項垂れる。突然の変化に心配になって顔を覗き込もうとしたとき、再び彼の視線に捕らえられた。
「あー。そんなふうに見つめられると、俺の余裕がなくなっていくんだけど」
「えっ」
 予想だにしない言葉を受けて、狼狽える。
 彼は私の顎に触れ、至近距離でそっと言う。
「もっと……もっと俺に夢中にさせるから。そのまま俺だけを感じてて」
 直後、濃密なキスに思考を溶かされる。直に肌を撫でられる感触に羞恥心と高揚がいっぺんに押し寄せてきた。
 自分の欠点を、ここまで肯定して包み込んでくれる人と出会ったことはなかった。
 菱科さんの腕の中は、肩肘張って自分を偽る必要もなく、罪悪感を抱くこともなく、今このときを思うままに過ごせばいいという、初めての心地だった。
 どうしよう。
 きっと私、このまま彼に溺れて、そこから抜け出せなくなる。

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