姉の身代わりでお見合いしたら、激甘CEOの執着愛に火がつきました
心臓が今度は嫌な音を立て始める。
前っていつ? 屋形船に連れて行ってもらったとき? いや、落ちつけ。須田さんは『らしき女性』と言った。まだ私だと確信があるわけではないはず。
そう思っているのに、どう返していいのか瞬時に浮かばずに黙ってしまった。
「やっぱりあれって」
私の沈黙を肯定と捉えた須田さんは、目を見開いてこちらを見た。
「ちっ、違います! そういうんじゃなく!」
「そういう? じゃあ、どんな理由が? あー、いや。プライベートに首を突っ込みたいわけじゃないんだけど」
車内がしんと静まり返る。
私は前方の赤信号を見ながら、ぽつぽつと話す。
「なんていうか……あれです。何度か仕事的な感じでご一緒させていただいて」
「仕事?」
「ええと、高級料理を嗜んだり……です。その、知識としていろいろ経験するのは大事だと」
もう焦りのせいでまともに思考が働かない。ドツボにはまっている気がしないでもないけれど、言ってしまったものはなかったことにできないから。
そのとき、やっと信号が青に変わった。
須田さんが前を向いて車を発進させたあと、こっそり安堵の息を吐く。
「ふたりで?」
「えっ?……と」
油断していたところに話を掘り下げられて狼狽える。須田さんの顔を直視できずに俯いた。
「それ、だめなやつじゃん」
厳しい声音に、思わず首を窄めてつぶやく。
「す……すみません」
謝るほかなくて、それ以外はなにも返せなかった。
俯いて、『だめ』とはっきり言われて真剣に考える。
菱科さんは国内外に店舗を持つ、国内大手百貨店のCEOだ。そんな人と、同社の一社員が恋人関係だなんて知られたら、イメージダウンになるのはもちろん菱科さん。
改めて気づくと、自分のこれまでのいろんな判断が軽率だったとしか思えない。
自己嫌悪に陥っていたら、須田さんが慌てて謝罪する。
「あー、いや。ごめん。新名さんに怒ってるわけじゃなくて。どっちかというと、怒ってるのは菱科CEOに対してっていうか」
須田さんの反応が予想外すぎて、慌てて顔を上げた。
「あの、私も自分の意志で同行したわけですし」
菱科さんが一方的に悪く思われるのは困る。そう思っているのに、なにをどう伝えたら効果的か、全然わからなくて言葉を詰まらせた。
「それでも、立場的に新名さんを守るべき人なのに、そんな危険に曝すなんて」
「危険?」
思いも寄らないワードにさらに驚き、目を丸くした。
「そうでしょ? 今回の俺みたいに、ふたりでいるところを勘違いしてそういう関係だって思って、変な噂が立ったら。一番打撃受けるのは新名さんだよ。菱科CEOだって、なにかしら弊害が出るだろうに、案外軽率なんだな」
須田さんは、途中からはひとりごとに近い感じでぼやいていた。
「もしまた同じことが起きそうになったら、俺でよければ間に入るから。ひとりで抱え込まないでよ」
「いえ、そんな」
「まあほら。俺は新名さんの指導係だし、気にしなくていいからさ」
目的地である日本橋店の駐車場に入っている間も、私は悶々と考え込む。
私たちの今の関係――〝お試しの恋人〟は、菱科さんが提案したことだ。でも、それを受け入れたのは私。
どうして私が両立できるか云々よりも、菱科さんの体裁を一番に考えて返事をしなかったの。やっぱり社内恋愛なんて平坦にはいかない。まして、相手は上司どころの話じゃない。CEOだもの。
浅はかすぎる自分を心の中で責める。
その後、須田さんと店舗に入って仕事をしている間も、頭の片隅にずっと須田さんが言っていたことが残っていた。
あの日以降、須田さんからは菱科さんの話題は出ていない。
そして、菱科さんにも須田さんの話はできなかった。
それは、彼と直接会う機会がなかったからだけでなく、もしも会っていてもおそらく言い出せなかったと思う。
なぜ報告できなかったのか、自分の感情ははっきりとはわからない。いろんな感情が複雑に絡まって、問題を先送りにしているだけなのかもしれない。
私は仕事に集中しきれないまま、担当するフェアの情報が書かれた広告のチェックをしていた。
目玉は普段メーカー運営のWEBサイトでしか販売していない商品が店頭に並ぶところ。
日付は……OK、メーカー名、商品名もOK。
念入りに確認を進め、広報部に戻した。あとは、今回のフェアの会場となる銀座店に売り場と商品を確認をしに行く段取りだ。
フェア初日は、来週の木曜日から約十日間の予定。反響があれば、数日延ばすこともできるから、結果が出ればうれしいのだけど。
ほかの業務を終えて、徒歩で銀座店へ移動する。着いたのは、閉店間際だった。
前っていつ? 屋形船に連れて行ってもらったとき? いや、落ちつけ。須田さんは『らしき女性』と言った。まだ私だと確信があるわけではないはず。
そう思っているのに、どう返していいのか瞬時に浮かばずに黙ってしまった。
「やっぱりあれって」
私の沈黙を肯定と捉えた須田さんは、目を見開いてこちらを見た。
「ちっ、違います! そういうんじゃなく!」
「そういう? じゃあ、どんな理由が? あー、いや。プライベートに首を突っ込みたいわけじゃないんだけど」
車内がしんと静まり返る。
私は前方の赤信号を見ながら、ぽつぽつと話す。
「なんていうか……あれです。何度か仕事的な感じでご一緒させていただいて」
「仕事?」
「ええと、高級料理を嗜んだり……です。その、知識としていろいろ経験するのは大事だと」
もう焦りのせいでまともに思考が働かない。ドツボにはまっている気がしないでもないけれど、言ってしまったものはなかったことにできないから。
そのとき、やっと信号が青に変わった。
須田さんが前を向いて車を発進させたあと、こっそり安堵の息を吐く。
「ふたりで?」
「えっ?……と」
油断していたところに話を掘り下げられて狼狽える。須田さんの顔を直視できずに俯いた。
「それ、だめなやつじゃん」
厳しい声音に、思わず首を窄めてつぶやく。
「す……すみません」
謝るほかなくて、それ以外はなにも返せなかった。
俯いて、『だめ』とはっきり言われて真剣に考える。
菱科さんは国内外に店舗を持つ、国内大手百貨店のCEOだ。そんな人と、同社の一社員が恋人関係だなんて知られたら、イメージダウンになるのはもちろん菱科さん。
改めて気づくと、自分のこれまでのいろんな判断が軽率だったとしか思えない。
自己嫌悪に陥っていたら、須田さんが慌てて謝罪する。
「あー、いや。ごめん。新名さんに怒ってるわけじゃなくて。どっちかというと、怒ってるのは菱科CEOに対してっていうか」
須田さんの反応が予想外すぎて、慌てて顔を上げた。
「あの、私も自分の意志で同行したわけですし」
菱科さんが一方的に悪く思われるのは困る。そう思っているのに、なにをどう伝えたら効果的か、全然わからなくて言葉を詰まらせた。
「それでも、立場的に新名さんを守るべき人なのに、そんな危険に曝すなんて」
「危険?」
思いも寄らないワードにさらに驚き、目を丸くした。
「そうでしょ? 今回の俺みたいに、ふたりでいるところを勘違いしてそういう関係だって思って、変な噂が立ったら。一番打撃受けるのは新名さんだよ。菱科CEOだって、なにかしら弊害が出るだろうに、案外軽率なんだな」
須田さんは、途中からはひとりごとに近い感じでぼやいていた。
「もしまた同じことが起きそうになったら、俺でよければ間に入るから。ひとりで抱え込まないでよ」
「いえ、そんな」
「まあほら。俺は新名さんの指導係だし、気にしなくていいからさ」
目的地である日本橋店の駐車場に入っている間も、私は悶々と考え込む。
私たちの今の関係――〝お試しの恋人〟は、菱科さんが提案したことだ。でも、それを受け入れたのは私。
どうして私が両立できるか云々よりも、菱科さんの体裁を一番に考えて返事をしなかったの。やっぱり社内恋愛なんて平坦にはいかない。まして、相手は上司どころの話じゃない。CEOだもの。
浅はかすぎる自分を心の中で責める。
その後、須田さんと店舗に入って仕事をしている間も、頭の片隅にずっと須田さんが言っていたことが残っていた。
あの日以降、須田さんからは菱科さんの話題は出ていない。
そして、菱科さんにも須田さんの話はできなかった。
それは、彼と直接会う機会がなかったからだけでなく、もしも会っていてもおそらく言い出せなかったと思う。
なぜ報告できなかったのか、自分の感情ははっきりとはわからない。いろんな感情が複雑に絡まって、問題を先送りにしているだけなのかもしれない。
私は仕事に集中しきれないまま、担当するフェアの情報が書かれた広告のチェックをしていた。
目玉は普段メーカー運営のWEBサイトでしか販売していない商品が店頭に並ぶところ。
日付は……OK、メーカー名、商品名もOK。
念入りに確認を進め、広報部に戻した。あとは、今回のフェアの会場となる銀座店に売り場と商品を確認をしに行く段取りだ。
フェア初日は、来週の木曜日から約十日間の予定。反響があれば、数日延ばすこともできるから、結果が出ればうれしいのだけど。
ほかの業務を終えて、徒歩で銀座店へ移動する。着いたのは、閉店間際だった。