仕事に悪影響なので、恋愛しません! ~極上CEOとお見合いのち疑似恋愛~
 販売担当社員の女性、一川(いちかわ)さんを見つけ、挨拶するなり『ちょうどよかった』と言わんばかりに飛びつかれた。
「新名さん! 来週の新フェアの件なんですけど」
「どうかしましたか?」
 なんだか嫌な予感が押し寄せる。一川さんは、「ちょっといいですか?」とバックヤードに向かって歩きだす。
「新名さんが前々からお話してくれていた茶葉が、今日入荷したんです。でも売り場が忙しくて検品が後回しになってしまって」
「それはお疲れ様でした」
「ありがとうございます。そう、それで私も今気づいたんですが」
 会話をしながらバックヤード内に入ると、すぐ目の前にはダンボールが置いてあった。
 一川さんは膝を折って、眉根を寄せつつダンボールを開く。
「これ、数がちょっとおかしい気がして。新名さんに連絡しようと思ってたんです」
「数が?」
 さらに嫌な鼓動が私の中に響き始める。
 種類は何度も確認した。フェアの一週間前の入荷は予定通りで問題ない。数も……前任の先輩の資料を頭に入れて発注した。
 頭の中でこれまでの行動を思い起こして心当たりを探る。
 そんな中、一川さんがダンボールの中に手を入れ、縦長の袋をひとつ出した。
「確かメインに打ち出したい商品って、これですよね?」
 見せられた袋を手に取り、たどたどしく答える。
「はい。そうです。これを百二十袋、発注したはずです」
 メーカーでも一番人気のその茶葉を、ほかの四種類の茶葉と比べてかなり多く発注をかけた。それはちゃんと覚えている。
 一川さんはパッケージの正面を見ながらこぼす。
「これ、三十六袋なんですよ……」
「え!?」
「そのほかの種類も、全部で二十四袋だけで」
 一川さんがさらに渡してくれた納品書を受け取り、目を皿にして項目を探す。
 納品書に相違はない。だったら、なぜ……。
 焦る気持ちから、落ちついて数字や文字を拾えない。『落ちつけ』と何度も心の中で繰り返していたとき、ある箇所に引っかかりを覚える。
「ああっ!」
 私が突然声をあげたせいで、一川さんが委縮する。
 いつもなら『驚かせてごめんなさい』と伝えられたのに、今は自分のミスに気づいたせいでそんな余裕も持ち合わせていなかった。
「これ……一ロット三袋になってる……」
『ロット』とは、簡単に言えば商品を出荷する際の最小単位のこと。〝一ダースが十二の組〟を表すのと違い、ロットは決まった単位がない。この茶葉は一ロット三袋になっていたのだ。
 なんで? ここは一ロット十袋だと引継ぎ資料にもあったはず。
「ごめんなさい! これは私のミスだと……思います。取り急ぎ対応するので、今日は本社に戻らせていただいてもいいでしょうか?」
「はい。それは全然……。一応商品はありますし、できるところまで準備は進めておきましょうか?」
「そうしていただけると助かります。今日はもう時間も時間なので、進捗をお伝えするのは明日になるかと。明日、必ず連絡を入れますので、お願いします」
「わかりました」
 私は深々頭を下げたのち、納品書を預かって銀座店をあとにした。
 本社に戻るなり、自席について発注データや商品資料などにくまなく目を通す。
 納品書のミス……とは考えにくい。となれば、私のミスに間違いない。
 どうして? どこから?
 引継ぎ資料なども確認を進めていく流れで、ふとメールボックスが気になった。前任者のメールデータをもう一度確認するも、やっぱりどれも確認済みのものだし、原因は見当たらない。
 もうこれ以上原因を追究しても、時間の無駄かもしれない。それよりも、ここからどう挽回するかを考えなければ。いや、まずはこの納品書が本当に合っているのかを丁重に伺って……。
『冷静に』と頭で繰り返すたびに、胸がざわつき、自分の動悸に翻弄される。
 なにげなく迷惑フォルダを開く。その中にあった一件のメールに注目した。件名は【ご案内】とだけ記載されているけれど、送信主はまさに今、原因を探っている商品のメーカーだ。
 震える手でカーソルを合わせる。日付は前任者が退職する一か月前くらい。
 メールを開封し、読み進めていくと愕然とする。
【弊社商品ご注文時のロット数変更のお知らせ】
 そこには、四月から一ロット十袋から一ロット三袋へ改定すると記載があった。
 よりによって、こんな大事な内容が引継ぎから抜け落ちていたなんて! というか、重要なメールに限ってメインフォルダから外れてたことも不運だ。
 よく見ると差出人はメーカーの担当者ではなく、送信専用アドレスからだ。登録外のアドレスだったせいで、はじかれてしまったのかもしれない。
 
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