姉の身代わりでお見合いしたら、激甘CEOの執着愛に火がつきました
 そういう? 勝手にあらぬ誤解をしてしまって、申し訳ない。
「でしたら自分で」
「君は患部を押さえていたほうがよさそうだ。血が滲んでる」
 そう言われて自分の膝を見れば、確かにまだ止血されてはいない。
 彼はドライバーに流暢な英語で話しかけ、道中のドラッグストアに止まった。
 居た堪れない気持ちで、彼の買い物が終わるのをタクシーの中で待つ。
 窓から外の景色を眺める。気づけば日が落ちてきていた。

 あのあと、彼は数分でタクシーに戻ってきて、その後無事にホテルに到着した。
 ロビーへ向かい、彼の背中を見ながら伝えるべきことを頭の中で整理する。
 まずはお礼。それと、このハンカチ代と彼が持っているドラッグストアでの出費分の支払い。
 ハンカチはどのくらいの値段が妥当だろうか。
 私はさりげなく手の中に握るハンカチに目を落とす。
 コットンとシルクの混紡の白いハンカチで、綺麗にアイロンがけされていて清潔感がある。よくよく見ると、下面にうちの百貨店にも入っている有名ブランドのロゴを見つけ、衝撃を受けた。
 まさか、こんな高級ブランドのハンカチを行きずりの人の傷口にあてがうために、躊躇なく差し出すなんて。
 驚きを隠せず男性を凝視していると、ふいに彼がこちらを振り返る。
「あのソファに一度座ろう」
 なぜ?と思ったのが、またもや表情にも出ていたらしい。彼は一笑して言う。
「傷の手当てするから。さすがに女性の部屋に入れないだろ? だからここで」
「えっと、大丈夫です。私、自分でやりますから」
「結構いってたよ? それ」
 彼はそう言って私の患部へ視線を向ける。
 確かに彼の言う通り『結構いってた』のはタクシーの中でなんとなくわかっていた。ハンカチにこれだけ血液が付着していれば……。
 なんだか徐々に痛みも増してきた。じんじんする左膝が気になるも、勇気が出なくて直視できない。
 結局、少し悩んで彼の厚意に甘えることにした。
「お……お願い、します。すみません……」
「うん。君は手当てしている間、その大事なリュックを抱いていて。ホテル内でもすられることはあるから」
「は、はい!」
 この人といてすっかり気を抜いていた。ここは海外だと改めて認識し、ソファに座って大切な荷物を両手で抱きしめる。
「痛いだろうけど、ちょっと我慢して」
 ドラッグストアの紙袋から、消毒液とガーゼを取り出すのを見て、ぎゅっと目を閉じた。
 痛みに声を漏らしそうになるけれど、どうにか堪える。次第にやさしい手つきに癒されて、うっすら瞼を開けた。ちらりと彼を見ると、目が合う。おもむろに「ふっ」と笑う彼にドキリとした。
「終わったよ。あんまり治りがよくなかったら、ちゃんと病院に行ったほうがいい」
「ありがとうございます」
 痛みを我慢しながら無意識に力んでいたらしい。全身の硬直がふっと緩んだタイミングで、私のスマートフォンに着信が入った。
 今、着信が入るとしたら相手は須田さんしかいない。そう思って目の前の彼に頭を下げ、スマートフォンを確認する。やっぱり発信主は須田さんだ。
「すみません。ちょっと、職場の先輩からで」
「どうぞ」
 彼の承諾を受け、私は身体を横に向け、少し声のトーンを落として応答する。
「はい。新名です」
『あ、新名さん。今どこ?』
「今はもうホテルに戻っていますが」
『あー、やっぱりそうだよなあ』
 さっきの電話でホテル待ち合わせと言ったのは須田さんなのに、不思議な反応をするものだからきょとんとする。
「どうかしましたか?」
『実は先方に急遽食事に誘われて、同行することに』
「えっ」
『まだ道中なら、新名さんにこっちまで移動してもらおうかな、と思ったんだけど』
 食事に誘われるということは、取引先の方によく思われているのだろうから喜ばしいのだと思う。……とはいえ、突発的すぎてうまく頭が働かない。
 電話口の須田さんもどこか急いでいる雰囲気があったため、勢いで尋ねる。
「私、今からホテルを出て向かいましょうか」
『あ~、いや。うーん。あと数十分したら暗くなるだろうし、今から女性ひとりで移動さ
せるのはちょっと心配だ。ただ、今夜ひとりで食事させることになっちゃうけど、大丈夫かな?』
「私のことならご心配なく。ホテル内にもレストランがありますし」
 最悪、ひと晩くらい食事をしなくても……と頭を過る。
 須田さんは電話越しに申し訳なさを滲ませた。
『申し訳ない。俺も予期せぬ展開で……』
「いえ、お仕事じゃないですか。私のことは心配なさらずに。はい。では明日の朝、部屋の前で」
『ありがとう。あ、でも緊急でなにかあったら電話してね』
 私は「はい」と返答し、通話を切る。
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