仕事に悪影響なので、恋愛しません! ~極上CEOとお見合いのち疑似恋愛~
 菱科さんなら……どんなにかっこ悪いところを見せたって、幻滅されることもないのかもしれない。私の気持ちに寄り添って、また前を向いて走り出すまで見守ってくれると、今では容易に想像できる。
 だけど、それじゃあ私ばかりが得をして……私ばかり支えてもらうことになる。
 それって、恋人としてどうなの? 少なくとも私にとっての恋人とは、もっと対等にいられる存在だ。
 私は菱科さんの腕をそっと押しやり、身体を離してから口を開く。
「そうですね。そして、今回実証されました」
 私がうまく両立できず、結果的にCEOという立場の菱科さんが迷惑を被るということが。
「それは、具体的にどういう?」
 淡々と尋ねられ、今しがた心の中で思っていたことを口に出すだけなのに、それがなぜかすんなりと出てこない。
 下を向き、手に力を込めてどうにか答える。
「〝私が恋愛にうつつを抜かして仕事に支障をきたす〟という……もの、です」
 心のどこかで、菱科さんなら即答で弁護してくれるような気がしていた。
 しかし現実は、ひとつの返答もない。そろりと目線を上げてみれば、シャープな顎に手を添えて、なにかを考える仕草を取っていた。
「では、どうしたい?」
「どうって……」
 この流れで質問を返され、虚を突かれる。
 私はたじろぎ、視線を泳がせた。
「やはり、私はふたつのことを同時にうまくできないので、これ以上迷惑をかける前に恋人解消するのが……ベストかと」
 これは事実で間違ってはいない。なのに、菱科さんのまっすぐな視線を感じていても、応じられず俯いたまま。
「本当に? 正直に言って。〝君がどうしたいか〟を」
 彼の言葉に自然と顔が上がる。
 前にも同じ言葉をかけられた。菱科さんの家に行って、初めてキスをしたあの夜に。
 菱科さんは憤っているわけでも、私を試しているわけでもない。純粋に私の気持ちと向き合おうとしてくれているだけ。
 私の心の声を引き出そうとしてくれる。
「正直な気持ちは……こんなどうしようもない失敗をして恥ずかしい……悔しい」
「うん」
「本当は……菱科さんのことを、前よりもずっと……意識してる」
 こんな話、仕事のミスとは関係ないと言われるかもしれない。だけど私にとっては、表面上は関係なくても、巡り巡って繋がっている。
「こんなふうに、仕事に影響を及ぼして迷惑をかけるのが、怖い」
 言葉にして、改めて自分が今どう思っているのか明確になる。と、同時に思考の変化に直面し、動揺は否めない。
 初めは、自分の保身のために『恋愛などしなくてもいい。社内恋愛なんてハードルが高すぎる』と距離を置こうとしていた。それが今では、先に考えるのは彼のこと。
『菱科さんに迷惑がかかるから』と、理由がすり替わっているのだ。
 そんな感情、この間までは絶対になかったものなのに。
 気持ちが昂っているせいか、声も震えてしまった。
 懸命に気持ちを落ちつかせていると、ふいに頭を撫でられる。
「ありがとう。話してくれて」
 やさしい手つきにうっかりしたら涙も流れてしまいそう。
 私は恋愛をすると弱くなってしまうのかもしれない。だとしたら、なおさら仕事を頑張ろうとしている間は控えたほうが賢明だ。
 そんな結論を出しても、この手を振り払う勇気も持てない。甘えたところで、仕事のミスは解決するわけでもないのに。
「でもひとつ訂正させてもらう」
 急に凛とした声で言われ、緊張感が走る。
 彼の手越しに顔を見ると、力強さを感じられる瞳に引き込まれた。
「結論はまだ。検証はここから――だろ?」
「えっ……」
「忘れたのか? 恋愛は仕事の障害でなく、相乗効果をもたらすものだと証明すればいいって言ったことを」
 菱科さんに言われて思い出す。
 確かに彼は、前にも同じことを言っていた。
 菱科さんは頭を撫でていた手を下ろし、今度は私の左手を握る。
「ここからだ。それぞれの得意分野を活かし、同等か、それ以上の結果を出せば問題はない」
 私はぽかんとして彼の説明だけ耳に入れる。まだ現実的なものとして受け止めきれてない。
「案外トラブルがあっても、最終的に当初の目標を超えるかもしれないよ」
 その目を見ればわかる、菱科さんは本気だ。
「まずは確実に丁寧なフォローから。メーカー側が早々に対応してくれれば一番だが、間に合わない場合も考慮して別の案も出しておくこと」
「本当に詳細をご存じなんですね……」
 菱科さんの口ぶりからそう感じて、ぽつっとこぼした。
 彼はおもむろに口角を上げる。
「そのための日報でもあるからな」
 日報……!
「まさか、社員の日報を全部……?」
「本社のぶんだけな。本当はその日じゅうに確認したいところだが、翌日になってしまうこともある」
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