仕事に悪影響なので、恋愛しません! ~極上CEOとお見合いのち疑似恋愛~
「本社だけでも膨大な数ですよ!」
「確かに数が多い。しかし、要点のみ記載するという注意事項をみんなきちんと守ってくれているから、そんなに時間はかからないよ。今回のことも、幸と須田くん、そして幸の所属部署の本部長の日報を見れば大体を察することができた」
 日報の意義がわからないとぼやいていた社員が、これまでちらほらいた。私はそういった気持ちはなかったものの、ただ業務の一環としてこなしていただけだ。
 日々のルーティンにはきちんと意味があるのだと改めて思い知る。
「幸」
 ここは社内、それもCEO室。
 そんなことも一瞬で忘れるほど、菱科さんの呼び声にはうまく説明できない引力みたいなものを感じた。
 全神経が彼に向き、彼しか見えない。
「君の仕事を俺はずっと信用してる。幸なら大丈夫。乗り越えられる」
 言葉では簡単に言い表せない感情ばかりが芽生えて、未知の域。
 ただわかっているのは、目の前に光が射し、行くべき道が定まった、そんな感じ。
 そして、俯いていた私を引き上げたのは、紛れもなく菱科さんだということ。
「はい。ありがとうございます。それでは、失礼します」
 私は菱科さんに向かって深く頭を下げる。いつもよりも長くお辞儀をしたそのあとは、CEO室から出てエレベーターへと向かう。
 なんだろう、これは。つい数十分前まで、死にそうなほど重苦しい気持ちで出社してきたのに。今ではこんなにも心が軽く、地に足がついた感覚に変わっている。
 あんなに不安に押しつぶされそうだったのに、菱科さんと数分言葉を交わしただけで、力が湧いてくる。

 その後、私は各方面の調整を優先していた。
 しかし、事は初めからそううまくは運ばなかった。本来多く発注したかった商品のメーカー在庫数が足りないのだ。
 それでもなんとかかき集めてもらって、フェア初日には今ある在庫の二倍は確保できそうだった。
 とはいえ、予定していた数には約四十袋足りない。
 そのぶんは当然、追加で発注をかけている。ただ、チラシは入稿済みで変更がきかない。今回のフェアで大きく紹介しているのは『二十四節気ブレンドティー~冬天(ドンティエン)~』という茶葉。それが大きく載ってしまっている。
 売りたいけれど初日は在庫が限られているから、なにか対策を講じないと……。
 それをずっと頭の隅で考えつつ、一川さんとフロアマネージャーに相談をしに銀座店を訪れた。
 フロアマネージャーとの約束までまだ少し時間があるからと、先に一川さんを探しに売り場を渡り歩く。ようやく見つけた一川さんは、なにか別の問題で困っている様子だった。
 事情を聞けば、香典返し用にと注文が入っていたお茶がすべてキャンセルされたらしい。
 相手は法人ではなく個人のお客様。新人社員が注文を受けたときに、キャンセル不可の説明を失念していたため、今回はキャンセルを受けつけることにしたらしい。
 一川さんはその商品に限ってメーカー返品不可で、在庫過多になってしまうと、嘆いた。
「どうするの、これ……。在庫に余裕を持たせるとかそういうレベルじゃない量になっちゃって」
 彼女ともうひとりのスタッフと一緒に、百近く包装済みのお茶を愕然と見つめる。
 こっちもお茶のトラブルだなんて、なんの偶然なの……。
「新名さん、すみません。私、先にフロアマネージャーのところへ行ってもいいですか?」
「あ! 私もちょうど、このあとフロアマネージャーと会う予定だったので」
「本当ですか! じゃあ、一緒に」
 私たちはすぐに事務所へ向かった。すると、そこにいたのは……。
「菱科……CEO」
 危うく仕事中だというのを忘れそうになった。本来の距離感を心に留め置き、表情を作る。
 一川さんが神妙な面持ちで切り出す。
「お疲れ様です。フロアマネージャーに相談があるのですが、どこかでお時間いただけますでしょうか」
 一川さんに頭を下げられたフロアマネージャーは、菱科さんと目を見合わせる。
「僕のことは気にせず、どうぞ」
 菱科さんの反応を受け、フロアマネージャーが「どうしたの?」と一川さんに向き合った。そして、経緯を報告するとフロアマネージャーが難しい顔で「うーん」と唸り声を漏らす。
「起きてしまったことは仕方ないから、まずは同じことを繰り返さないようミスした社員にきちんとフィードバック。で、抱えた在庫は……」
「その過剰在庫になったというお茶は老舗のものだし、年配の方を中心に味に定評がある商品だろう?」
 菱科さんが尋ねると、一川さんが答える。
「おっしゃる通りです。とはいえ、さすがにあの量を売るとなると、半年はかかります。日にちが経てば経つほど、どうしても味も落ちますし」
 一川さんが言いづらそうに返すも、菱科さんは動じない。
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