仕事に悪影響なので、恋愛しません! ~極上CEOとお見合いのち疑似恋愛~
 むしろ、明るい声を出し、私を一瞥する。
「ちょうどいい。新名さんの担当している次のフェアはターゲットを広げよう」
「ターゲットを広げる……?」
 私は思わず無意識につぶやいた。
 菱科さんは一度頷き、話を続ける。
「新名さんの担当フェアのターゲットは主に三十代から四十代の女性。それを一気に八十代くらいまで引き上げる。ああ、そうだ。ついでに、この間通達した内容も実践する手もあるな」
 菱科さんが突然閃いた様子で口にした提案に、私はピクッと反応する。
「今回の『冬のティータイムフェア』をお客様に参加してもらう……?」
「そう。実演販売じゃなく、お客様にも実際体験してもらおう。諸々の手続き、申請確認は僕が総務に頼んでおく」
 躊躇することなく、話をどんどん進める菱科さんを茫然と見つめる。
「紅茶に興味のある人は、日本茶にも興味を持てる人だと思うし、お茶を飲むのが好きな人は茶葉や道具に興味を示す。だが、案外お茶の美味しい淹れ方までは知らないかもしれない」
 引き継いだ今回の企画は、淹れるところから見栄えするような、華やかで美味しいブレンドティーをメインに準備した。客人を招いた際に振舞いたくなるようなブレンドティーを揃えていた。
 見た目や味だけではない。身体によい効果を期待できるものもある。そういった嗜好のあるお客様だったら、なにもブレンドティーだけにこだわらなくても、興味を持ってくれるかもしれない。
 徐々に私の中でイメージが膨らんでいく。
 すると、菱科さんは笑顔で言った。
「時間が限られているけれど、的確な役割分担さえできたら実現できる」
 きっと、CEOのようなポジションに就ける人って、まさにこんな人。
 その人が『できる』と言えば、不思議と本当にできる気がしてしまう。
 決して強引にも強制にも感じさせないで、こちらに自然とやる気を抱かせる、そういう能力を持つ人の言葉なら――。

 それから準備期間がタイトではあったものの、どうにか間に合ってフェアを迎えた。
 日本橋店の催事場では、一日に三回イベントコーナーとして十数名ずつ受付をした。
 具体的にはお茶の淹れ方を学んでいただき、そのあとちょっとしたお菓子と一緒にお茶を楽しむといったもの。
 ブレンドティーをはじめ、日本茶の淹れ方も講演し、茶葉によって適した淹れ方があるのだと説明する。そして、茶器やティーセットなども、商品として並んでいるものを使用して紹介した。
 親子三世代でお茶を楽しむ姿もちらほら見受けられ、なんだか心が温まる。
 私は催事場へ足を運ぶたび、自然と自分の祖母を思い出した。
 その後も大きなトラブルはなく、当初一週間だったイベントは、結果的に五日ほど延長されたのだった。

 無事にフェア最終日を終えたあと、私は本社に戻り、仕事をしていた。
 今日はフェアを優先してしまったため、本来進めなければならない仕事が山積みだった。
 ノートパソコンと向き合っていると、声をかけられる。
「新名さん、お疲れ様」
 見上げると、帰り支度を済ませた須田さんが立っていた。
「お疲れ様です」
 私が手を止め、頭を軽く下げると須田さんは近くの椅子を引っ張って、逆向きに座る。背もたれに両腕を乗せ、フランクに話し始めた。
「一時はどうなるかと思ったけど、蓋を開けてみれば大成功だったんじゃない?」
「そうですね。それもこれも、力添えくださった皆さんのおかげです」
 心からそう思い、改めて感謝する。今回の件は、多くの人たちに助けられた。
 フットワークのよさと人当たりがいい須田さんに、社内広報部だけでなく各メーカーへの協力をお願いしてもらった。
 そして、仕事の早い広報部の社員たちと、急な変更にも柔軟に対応してくれるフロアマネージャー、売り場づくりのセンスのある一川さん。人脈と人望がある店長は、お茶の知識がある実演販売士に声をかけ、数人集めてくれた。
 なにより、冷静な判断と思い切りのいい決断で背中を押してくれた菱科さん。
「菱科CEOが直々に素早い根回しをしてくれたっていうのは大きいよな」
 須田さんから菱科さんの名前が出ると緊張する。
 以前、ふたりでいるところを目撃されたのをきっかけに、あらぬ誤解をさせてしまったせいだ。
 今も、須田さんは菱科さんについて、感嘆していながらもどこか冷ややかにも感じられた。
「菱科さんは、本当に社員思いの素晴らしいCEOだと思います。今回のことでよりそう思うようになりました」
 笑顔で伝えたフォローは、本音でもある。
 須田さんは少し考えたのち、「まあ、そうかもね」と同調してくれた。
 私たちの関係を公にはできない。だけど……。
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