姉の身代わりでお見合いしたら、激甘CEOの執着愛に火がつきました
「幻滅されると思って言えませんでしたが、私は菱科さんに特別な感情を持っているんです。すみません。日本橋店へ向かう車の中ですぐに言えなくて」
須田さんは目を見開いて固まっている。
私は思っているよりも、ずっと冷静だ。
「菱科さんを尊敬しているんです。だから私も、一日も早く皆さんに頼ってもらえるような人間になるべく精進します。まずは今回のようなミスを起こさないよう、ひとつひとつ丁寧に仕事と向き合います」
「菱科さんはズルいな……なんでも持ってる上に、新名さんの心まで持っていくんだもんな」
「え?」
ぼそっと漏らした須田さんの言葉を、すぐに理解できなかった。
すると、彼はいつもの調子で続ける。
「頑張るのはいいことだけど、新名さんだって新名さんが得意なものあるでしょ?」
私は目を瞬かせた。
そんなものあったかな。自分が得意なものって、よくわからない。
答えにたどり着けずにいると、須田さんが笑う。
「丁寧なコミュニケーションでお客さんともメーカーさんとも、いい関係性を築いてる。それって、今回みたいにいざといったとき結果が大きく左右されると思う」
もらった言葉が胸にじんと沁みる。
私には突出したスキルや実績はないけれど、確かに出会う人たちとの時間や関係は大事にしてきたと自負している。
「自信を持って。じゃ、先に帰るよ。残業もほどほどにね」
「ありがとうございました。お疲れ様です」
椅子を回転させ、須田さんの方向を見て立ち上がり、会釈した。すると、須田さんがぴたりと足を止める。
「あ、肝心なこと言い忘れた。さっきたまたま部長に電話かけたら、明日は代休取れってさ。部長、今日出張中で手が離せないみたいだけど、あとでメールも送られてくるはずだから」
「そうなんですか? わかりました。ありがとうございます」
再度頭を下げ、須田さんは今度こそ帰っていった。
突然の休暇を言い渡され、驚くとともに喜んだ。なぜなら、明日は祖母の退院予定日だからだ。
今回の一件で仕事量が増え、いろいろ立て込んでいたのもあり、退院日には手伝えなくて嘆いた。でも、まさか偶然にも退院日に合わせて代休をもらえるとは思わなかった。
約二時間仕事をし、きりのいいところまで終えた私は両手を上にあげて伸びをする。
「そろそろ終わり? あんまり熱心すぎると俺の立場が危うくなるんだが。うちはホワイト企業をモットーとしているからな」
振り返ると、ドア付近にいつの間にか菱科さんがいた。
私は勢いよく立ち上がり、姿勢を正す。
「菱科さん! このたびは、ご迷惑をおかけしました。いろいろとありがとうございます」
腰を九十度に曲げて、頭を下げ続けた。その状態のままで、菱科さんが近づいてくる足音が耳に届く。
「そもそも、仕事をひとりで完結させようとする人には、幸が今いるポジションに向いてない。そして、幸はやっぱりそうしなかった」
ゆっくり顔を上げる。私の前まで移動してきた彼は、とても穏やかな表情でこちらを見ていた。
「これまでも、大なり小なり失敗はしてきただろう? 俺だってそうだ。だけどそのとき、スタッフみんなで協力して挽回したらいい。むしろそこで、自分ひとりでリカバリーしようと強引に試みるのはマイナスだ」
こうして向き合っていると、菱科さんの安心感をひしひしと実感する。
「失敗はつきもの。完璧な人間なんていないよ」
正直に言って、彼ほど魅力的な人はいない。惹かれるなというほうが無理な話だ。
だからこそ、必死に抗って『冷静に』と自分に釘を刺さなければならない。
「私のは……それとは少し違います。どうしてもプライベートに気持ちが引っ張られて散漫になりがちになるんです。だから今回もこんなことに……もしかしたら、事前に防げていたかもしれなくて」
無意識に視線を横に逸らすと、菱科さんは私の両眼を覗き込む。
「やるならとことん、っていうのが幸らしい。だが、きっちり割り切れる人間なんて少数派じゃないか? 大抵みんな、仕事中でも頭の中で別のことを考える瞬間はあるよ。俺を含めね」
菱科さんが? 散漫になるときがあるって? まさかそんな。
私の知る彼があまりに完璧すぎるために、まったく想像がつかない。
唖然として菱科さんを瞳に映したまま黙っていると、彼はふっと柔らかく目を細め、仕事中には見せない素の表情を浮かべる。
「俺だって、仕事中に君を想って物思いに耽るときもある」
そう説明するなり、するっと手の甲で私の左頬を撫でた。
「たぶん、幸は『自分はこうだから』って固定観念に囚われているだけで、きっと思っているよりもだめなんかじゃない」
そうなんだろうか。だけど、恋愛は前に一度失敗しているだけに、やっぱり簡単に受け入れがたい。
だって、ほかでもない当事者に突きつけられたんだもの。
須田さんは目を見開いて固まっている。
私は思っているよりも、ずっと冷静だ。
「菱科さんを尊敬しているんです。だから私も、一日も早く皆さんに頼ってもらえるような人間になるべく精進します。まずは今回のようなミスを起こさないよう、ひとつひとつ丁寧に仕事と向き合います」
「菱科さんはズルいな……なんでも持ってる上に、新名さんの心まで持っていくんだもんな」
「え?」
ぼそっと漏らした須田さんの言葉を、すぐに理解できなかった。
すると、彼はいつもの調子で続ける。
「頑張るのはいいことだけど、新名さんだって新名さんが得意なものあるでしょ?」
私は目を瞬かせた。
そんなものあったかな。自分が得意なものって、よくわからない。
答えにたどり着けずにいると、須田さんが笑う。
「丁寧なコミュニケーションでお客さんともメーカーさんとも、いい関係性を築いてる。それって、今回みたいにいざといったとき結果が大きく左右されると思う」
もらった言葉が胸にじんと沁みる。
私には突出したスキルや実績はないけれど、確かに出会う人たちとの時間や関係は大事にしてきたと自負している。
「自信を持って。じゃ、先に帰るよ。残業もほどほどにね」
「ありがとうございました。お疲れ様です」
椅子を回転させ、須田さんの方向を見て立ち上がり、会釈した。すると、須田さんがぴたりと足を止める。
「あ、肝心なこと言い忘れた。さっきたまたま部長に電話かけたら、明日は代休取れってさ。部長、今日出張中で手が離せないみたいだけど、あとでメールも送られてくるはずだから」
「そうなんですか? わかりました。ありがとうございます」
再度頭を下げ、須田さんは今度こそ帰っていった。
突然の休暇を言い渡され、驚くとともに喜んだ。なぜなら、明日は祖母の退院予定日だからだ。
今回の一件で仕事量が増え、いろいろ立て込んでいたのもあり、退院日には手伝えなくて嘆いた。でも、まさか偶然にも退院日に合わせて代休をもらえるとは思わなかった。
約二時間仕事をし、きりのいいところまで終えた私は両手を上にあげて伸びをする。
「そろそろ終わり? あんまり熱心すぎると俺の立場が危うくなるんだが。うちはホワイト企業をモットーとしているからな」
振り返ると、ドア付近にいつの間にか菱科さんがいた。
私は勢いよく立ち上がり、姿勢を正す。
「菱科さん! このたびは、ご迷惑をおかけしました。いろいろとありがとうございます」
腰を九十度に曲げて、頭を下げ続けた。その状態のままで、菱科さんが近づいてくる足音が耳に届く。
「そもそも、仕事をひとりで完結させようとする人には、幸が今いるポジションに向いてない。そして、幸はやっぱりそうしなかった」
ゆっくり顔を上げる。私の前まで移動してきた彼は、とても穏やかな表情でこちらを見ていた。
「これまでも、大なり小なり失敗はしてきただろう? 俺だってそうだ。だけどそのとき、スタッフみんなで協力して挽回したらいい。むしろそこで、自分ひとりでリカバリーしようと強引に試みるのはマイナスだ」
こうして向き合っていると、菱科さんの安心感をひしひしと実感する。
「失敗はつきもの。完璧な人間なんていないよ」
正直に言って、彼ほど魅力的な人はいない。惹かれるなというほうが無理な話だ。
だからこそ、必死に抗って『冷静に』と自分に釘を刺さなければならない。
「私のは……それとは少し違います。どうしてもプライベートに気持ちが引っ張られて散漫になりがちになるんです。だから今回もこんなことに……もしかしたら、事前に防げていたかもしれなくて」
無意識に視線を横に逸らすと、菱科さんは私の両眼を覗き込む。
「やるならとことん、っていうのが幸らしい。だが、きっちり割り切れる人間なんて少数派じゃないか? 大抵みんな、仕事中でも頭の中で別のことを考える瞬間はあるよ。俺を含めね」
菱科さんが? 散漫になるときがあるって? まさかそんな。
私の知る彼があまりに完璧すぎるために、まったく想像がつかない。
唖然として菱科さんを瞳に映したまま黙っていると、彼はふっと柔らかく目を細め、仕事中には見せない素の表情を浮かべる。
「俺だって、仕事中に君を想って物思いに耽るときもある」
そう説明するなり、するっと手の甲で私の左頬を撫でた。
「たぶん、幸は『自分はこうだから』って固定観念に囚われているだけで、きっと思っているよりもだめなんかじゃない」
そうなんだろうか。だけど、恋愛は前に一度失敗しているだけに、やっぱり簡単に受け入れがたい。
だって、ほかでもない当事者に突きつけられたんだもの。