仕事に悪影響なので、恋愛しません! ~極上CEOとお見合いのち疑似恋愛~
『両立できない不器用な女だな。恋愛には不向きなタイプだ』って。
 それには私も否定できないと思ってしまったから……。
 菱科さんはふいうちで私の指先に軽く触れる。
 ささやかな行動にとどめてくれているのは、もしかするとここがオフィスだからかもしれない。
 彼は真剣な面持ちで口を開く。
「仕事に集中するために恋愛を避けるのではなく、恋愛を仕事に活用すればいい」
「恋愛を……仕事に、活用……?」
 私が茫然として聞き返すと、彼は柔らかく微笑んで一度頷く。
「幸せなときは、その気持ちを共有できるようななにかを考えたり、喧嘩したときには、ストレス解消になる美味しいものや、グッズをリサーチしてみたり?」
 気づけば菱科さんは私の指をきゅっと握っている。
 彼の目を見つめると、今回助けてくれたときみたいに、瞳は頼もしく光っていた。
「どっちかなんてもったいないだろ。一度きりの人生だ。欲張ったって、誰にも責められるいわれはないさ」
 欲張っても誰にも責められるいわれはない。そんなふうに開き直ってしまえば、案外肩の力も抜けるのかもしれない。
 ずっとネガティブな部分にだけ意識を囚われてしまっていたけれど、仕事にとって恋愛は悪だとしてきたのは自分自身だったのだ。
 彼の言うように、きっと張り合いや元気をもらえるきっかけにもなりうる。
 やさしい顔つきをした菱科さんを見つめ、ようやく認める。
 大事なことを見落としていた。恋愛を敬遠していたけれど、誰と恋愛するかによって結果は百八十度変わりえる、と。
「幸は仕事を疎かにするのとは違う。ただ、もともと頑張り屋だから、どっちも全力投球しようとして、燃料切れになることはあるかもしれないな」
 くしゃっと顔を崩す笑い方に、胸がきゅんと鳴る。
 私が見惚れていると菱科さんは私の手を取り直した。
「けど、もしなにかミスをしたときは公私ともに俺がフォローする。約束するから」
 まっすぐに心強い言葉をかけてくれる菱科さんと向き合っていると、目頭に熱いものがこみ上げてくる。
「足を引っ張ってばかりになるかもしれないのに、いいんですか……?」
「そういうのは足を引っ張るって言わない。成長過程の肥やしだよ。存分に俺を利用して」
「利用ってそんな」
「俺も幸からやる気をもらえてるから、もうずっと」
 屈託ない笑顔で言われ、凝り固まっていた頭が、固く縛ってきた心が解放される。
 菱科さんは、わざとらしくひとつ咳払いをした。
「では、検証の結果を報告してください」
 一瞬、ぽかんとしてしまったが、すぐに彼が言わんとしていることを察する。
 そしてきちんと向き合い、すうっと息を吸った。
「恋愛は、悪影響を及ぼすも及ばさないも自分たち次第。考え方次第で大きな力にもなりうるらしい……です」
 これはあくまで『私と菱科さん』限定の結果だ。ほかの誰かにぴったりと当てはまることはない。
 私は菱科さんを見上げ、すっと右手を差し出す。
「ですので、一部検証の延長を希望します。……なんて」
 菱科さんは虚を突かれた顔をして、数秒固まった。
 それからいつもの余裕顔に戻ると、「承認しよう。無期限で」と添えて私の手をしっかり握った。

 
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