姉の身代わりでお見合いしたら、激甘CEOの執着愛に火がつきました
本社をあとにした私たちは、菱科さんの車に乗って移動していた。フェアも終わり、久々に一緒に食事をしようという流れになったのだ。
一緒に帰ることに初めは抵抗があった。しかし、菱科さんが社内にはほとんど社員は残っていないというので、菱科さんに続いてこっそりと駐車場へ向かった。
車に乗る際にも細心の注意を払い、助手席に座るも背中を丸める。そんな私を見て、菱科さんが言う。
「さっき手を取り合って仲が進展したんだから、別に公表しても」
「それはそれといいますか。社内恋愛を否定するのはやめましたが、やはりわざわざ波風を立てずともいいのではないかと思って」
恋愛や菱科さんを否定する気持ちはもうない。だけど、菱科さんが我が社のCEOで私は一社員というステータスは変わらないから、それは大きな騒ぎになると心配してのこと。
百パーセント、お互いに働きづらくなるに決まっている。私はその程度で済むかもしれないけれど、菱科さんなら社員をはじめ、取引先とかにも噂が広まった際にマイナスイメージにしかならないと思う。
「結婚ならまだ理解できますが、恋人だということをわざわざ周囲に触れ回る必要性はないのではないかと。交際は結婚と違いまだ不確定な間柄なので、なにかあった際に周囲にまで気を使わせてしまいかねませんし」
これは実際に何度か経験のある話。といっても、私は『周囲』側としてだけど。
ハンドルに手をかける菱科さんは、なにか言いたげな視線をこちらに向ける。
ドキッとした矢先、私のお腹の虫が大きな音で割り込んできた。
「すっ……すみません」
「いや。その話はあとにしよう。まずはその空腹を知らせる可愛いサインに応えなきゃな。今夜はフェアも無事終わり、特別な日だ。夕食はとびきり美味しいものを食べて祝おう。リクエストはある?」
「いえ。なんでもうれしいです」
実はフェア期間中、気持ちが落ちつかなくて自炊はおろか、軽く済ませてばかりだった。特に昼食は休憩中に必ず銀座店へ様子を見に足を運んでいたから、野菜ジュースや栄養補助食品で済ますことはざら。
それでも空腹に悩まされる暇もないほど、あちこちと気を回して過ごしていた。
菱科さんはハンドルに両腕を乗せ、私をジッと見る。
「少し痩せた?」
「え? そ、そうですか?」
体重計に乗ってもいないからわからないけど……確かにパンツとかウエストに若干余裕が出たかも……?
「明日休みだったら、少し遠出してもいいかな? 気になっていた店があって」
「えっ。明日休みだとご存じだったんですね」
「ここ一週間は休みなしだっただろ。だから幸のとこの部長にちょっとね」
さっき須田さん伝いに言われた代休は、もしや菱科さんからの指示だったの? フェア期間中、ほとんど休まず走り回っていたのを知られていたのかも。
「実は俺も明日は午前休で午後出社。だから今夜はゆっくりできる」
なんとなく甘い雰囲気を予感して、思わず話を戻してごまかす。
「そう、なんですか。あ、先ほどおっしゃっていたお店は、どれくらい離れた場所に? すみません。私、明日は祖母の退院に合わせて午前中に病院へ」
「退院されるのか。それはよかった。今話していた店は横浜でそう遠くはない。片道一時間程度だけど、どう?」
「それなら大丈夫です」
菱科さんはニコッと口角を上げ、駐車場を出発した。その後、車で約一時間かけてお店
に到着する。
三階建てのスタイリッシュなガラス張りのビル。
どうやらここの二階にあるお店らしい。エントランスの案内板をちらっと見たときには、店名の上に小さく創作フレンチと書かれていた。
エレベーターで二階を目指す。このビルは造られたばかりなのか、とてもきれい。デザインもそうだし、床も壁もピカピカだ。
さっき案内板で見たお店の看板を数メートル先に見つける。店の目の前までやってきたとき、店内から食事が終わったらしき女性が出てきた。私は思わずその女性に釘づけになる。
わあ。すらっとしたスタイルのいい女性。可愛らしいというよりは、かっこいいタイプの女性で、百五十センチ台の私にとって憧れを抱いてしまう高身長の女性だった。
彼女は菱科さんを見るなり、彼の腕に手を伸ばす。
「京じゃない! 奇遇ね!」
「美有」
お互いが舌の名前を呼び合う場面を目の当たりにし、なんとも言えない感情を抱く。
『美有』と呼ばれた女性は、ウェーブがかったロングヘアをかき上げ、鮮やかなリップを引いた唇に笑みを浮かべる。
「このお店に来たのね。やっぱり私たちは昔から趣味が合うから」
「美有、ここ店先だから」
菱科さんは淡々と指摘して、店の前から少し離れた所へ移動する。
美有さんは私と身長差が十五センチくらいあるからか、はたまた気づいていて触れないようにしているのか、私の存在に一切興味を示さない。とにかく、菱科さんに夢中といった印象だ。移動した今も、菱科さんしか見えていないみたい。
「プライベートで会えてうれしい。海外へ異動してから全然音沙汰ないんだもの。日本に戻ってきてたことだって、仕事上で知ったんだから。ねえ、せっかくだからもう少し一緒に……」
「無理。彼女がいるから」
明らかに好意を向ける美有さんを前にしても、菱科さんの態度は一貫してドライだった。私の肩に手を乗せて引き寄せると、端的に断る。
そこでようやく彼女の目が私に向けられた。
「あなたは?」
きちんと目を合わせると余計にわかる。
自信に満ちた瞳。隙のない完璧なメイクに、ブラウンのロングコート、五センチほどのヒールがあるブーティ。どれも〝できる女性〟が滲み出ていて圧倒される。
雰囲気から私より年上かな。菱科さんに対しても敬語じゃないし……。
頭の中でいろいろ分析しながらも、私は丁重に挨拶を返した。
「わたくし、久東百貨店本社勤務の新名幸と申します」
「ああ、京のところの社員なの。おとなしめな雰囲気から……裏方のお仕事かしら?」
一瞬彼女の対応にびっくりしたものの、これまでの接客経験を思い出せばそこまで動揺するほどでもない。ただ、まだどんな人か分析できていないから、返答の仕方に迷いが生じる。
一緒に帰ることに初めは抵抗があった。しかし、菱科さんが社内にはほとんど社員は残っていないというので、菱科さんに続いてこっそりと駐車場へ向かった。
車に乗る際にも細心の注意を払い、助手席に座るも背中を丸める。そんな私を見て、菱科さんが言う。
「さっき手を取り合って仲が進展したんだから、別に公表しても」
「それはそれといいますか。社内恋愛を否定するのはやめましたが、やはりわざわざ波風を立てずともいいのではないかと思って」
恋愛や菱科さんを否定する気持ちはもうない。だけど、菱科さんが我が社のCEOで私は一社員というステータスは変わらないから、それは大きな騒ぎになると心配してのこと。
百パーセント、お互いに働きづらくなるに決まっている。私はその程度で済むかもしれないけれど、菱科さんなら社員をはじめ、取引先とかにも噂が広まった際にマイナスイメージにしかならないと思う。
「結婚ならまだ理解できますが、恋人だということをわざわざ周囲に触れ回る必要性はないのではないかと。交際は結婚と違いまだ不確定な間柄なので、なにかあった際に周囲にまで気を使わせてしまいかねませんし」
これは実際に何度か経験のある話。といっても、私は『周囲』側としてだけど。
ハンドルに手をかける菱科さんは、なにか言いたげな視線をこちらに向ける。
ドキッとした矢先、私のお腹の虫が大きな音で割り込んできた。
「すっ……すみません」
「いや。その話はあとにしよう。まずはその空腹を知らせる可愛いサインに応えなきゃな。今夜はフェアも無事終わり、特別な日だ。夕食はとびきり美味しいものを食べて祝おう。リクエストはある?」
「いえ。なんでもうれしいです」
実はフェア期間中、気持ちが落ちつかなくて自炊はおろか、軽く済ませてばかりだった。特に昼食は休憩中に必ず銀座店へ様子を見に足を運んでいたから、野菜ジュースや栄養補助食品で済ますことはざら。
それでも空腹に悩まされる暇もないほど、あちこちと気を回して過ごしていた。
菱科さんはハンドルに両腕を乗せ、私をジッと見る。
「少し痩せた?」
「え? そ、そうですか?」
体重計に乗ってもいないからわからないけど……確かにパンツとかウエストに若干余裕が出たかも……?
「明日休みだったら、少し遠出してもいいかな? 気になっていた店があって」
「えっ。明日休みだとご存じだったんですね」
「ここ一週間は休みなしだっただろ。だから幸のとこの部長にちょっとね」
さっき須田さん伝いに言われた代休は、もしや菱科さんからの指示だったの? フェア期間中、ほとんど休まず走り回っていたのを知られていたのかも。
「実は俺も明日は午前休で午後出社。だから今夜はゆっくりできる」
なんとなく甘い雰囲気を予感して、思わず話を戻してごまかす。
「そう、なんですか。あ、先ほどおっしゃっていたお店は、どれくらい離れた場所に? すみません。私、明日は祖母の退院に合わせて午前中に病院へ」
「退院されるのか。それはよかった。今話していた店は横浜でそう遠くはない。片道一時間程度だけど、どう?」
「それなら大丈夫です」
菱科さんはニコッと口角を上げ、駐車場を出発した。その後、車で約一時間かけてお店
に到着する。
三階建てのスタイリッシュなガラス張りのビル。
どうやらここの二階にあるお店らしい。エントランスの案内板をちらっと見たときには、店名の上に小さく創作フレンチと書かれていた。
エレベーターで二階を目指す。このビルは造られたばかりなのか、とてもきれい。デザインもそうだし、床も壁もピカピカだ。
さっき案内板で見たお店の看板を数メートル先に見つける。店の目の前までやってきたとき、店内から食事が終わったらしき女性が出てきた。私は思わずその女性に釘づけになる。
わあ。すらっとしたスタイルのいい女性。可愛らしいというよりは、かっこいいタイプの女性で、百五十センチ台の私にとって憧れを抱いてしまう高身長の女性だった。
彼女は菱科さんを見るなり、彼の腕に手を伸ばす。
「京じゃない! 奇遇ね!」
「美有」
お互いが舌の名前を呼び合う場面を目の当たりにし、なんとも言えない感情を抱く。
『美有』と呼ばれた女性は、ウェーブがかったロングヘアをかき上げ、鮮やかなリップを引いた唇に笑みを浮かべる。
「このお店に来たのね。やっぱり私たちは昔から趣味が合うから」
「美有、ここ店先だから」
菱科さんは淡々と指摘して、店の前から少し離れた所へ移動する。
美有さんは私と身長差が十五センチくらいあるからか、はたまた気づいていて触れないようにしているのか、私の存在に一切興味を示さない。とにかく、菱科さんに夢中といった印象だ。移動した今も、菱科さんしか見えていないみたい。
「プライベートで会えてうれしい。海外へ異動してから全然音沙汰ないんだもの。日本に戻ってきてたことだって、仕事上で知ったんだから。ねえ、せっかくだからもう少し一緒に……」
「無理。彼女がいるから」
明らかに好意を向ける美有さんを前にしても、菱科さんの態度は一貫してドライだった。私の肩に手を乗せて引き寄せると、端的に断る。
そこでようやく彼女の目が私に向けられた。
「あなたは?」
きちんと目を合わせると余計にわかる。
自信に満ちた瞳。隙のない完璧なメイクに、ブラウンのロングコート、五センチほどのヒールがあるブーティ。どれも〝できる女性〟が滲み出ていて圧倒される。
雰囲気から私より年上かな。菱科さんに対しても敬語じゃないし……。
頭の中でいろいろ分析しながらも、私は丁重に挨拶を返した。
「わたくし、久東百貨店本社勤務の新名幸と申します」
「ああ、京のところの社員なの。おとなしめな雰囲気から……裏方のお仕事かしら?」
一瞬彼女の対応にびっくりしたものの、これまでの接客経験を思い出せばそこまで動揺するほどでもない。ただ、まだどんな人か分析できていないから、返答の仕方に迷いが生じる。