姉の身代わりでお見合いしたら、激甘CEOの執着愛に火がつきました
「彼女は我が社の有望バイヤーですよ」
 私の代わりに菱科さんがさらりと答えてくれた。
 それにしても『有望』は言い過ぎだけれど。
「へえ? 意外だわ。おいくつ?」
「二十八です」
「まあ! 私と同じ? 見えないわね。京の横にいるからかしら」
 彼女が驚きの声をあげているとき、実は私も驚いていた。
 まさか、私と同い年だっただなんて。てっきり菱科さんと同じくらいかとばかり思っていた。
「京って昔から面倒見がいいものね。ところで、最近全然構ってくれなくてさみしい。今日は無理でも、また一緒に美味しいお店巡りしましょうよ。私、今も変わらずよさそうなお店たくさんチェックしてあるのよ?」
 暗に私には知らないような素敵なお店を知っていると言いたかったみたいだ。彼女の表情の端々に、私への敵対心を感じられるもの。
 菱科さんは肩に添えられた彼女の手を軽く払い、眉間に皺を寄せて返す。
「美有、さっきから失礼が過ぎる。悪いが、俺は久東百貨店本社を選んだから」
 ふいにその返しに違和感を覚える。
 それだとまるで、菱科さんはほかの道を行く予定だったみたいな……。
 考えごとをしていたとき、再び菱科さんに肩を抱き寄せられる。
「あと、彼女は子どもみたいに純粋なところがあるけど、ちゃんと大人の女性だよ」
 彼はそう言って、私には蕩けるような視線を向けてきた。
 さっき美有さんから挑発的な言葉を投げかけられても動じなかったのに、この視線にかかると途端にどぎまぎする。
「京でも視野が狭くなったりするのね。一時の気の迷いっていうものかしら。今だけよ、彼女がそんなふうに見えるのは。大体、一バイヤーの彼女を特別扱いしているって知られたらどうなるか、そんなの明白でしょ? 彼女のためにも別れるべきよ」
 美有さんは菱科さんの態度が癪に障ったのか、あからさまな作り笑顔で嫌味たっぷりに言葉を返す。
「釣り合いというものがあることくらい、わかっているでしょう」
 そうして今度は私に鋭い視線が向けられた。
「まあいいわ。我が社が久我谷グループの取引先だということを忘れないでね」
 美有さんは含みのある言葉を残して去っていく。
 私は彼女の凛とした後ろ姿を見ながら、ぽつりとつぶやいた。
「取引先?」
 すると、菱科さんが重そうに息を吐いたあとに答える。
「『P.M.スエヒロ』。都内に有数の不動産を持つ不動産企業。彼女は会長のご令孫で、開発事業部部長として本社勤務している」
 部長? やっぱりすごい人だったんだ。オーラがあったもの。立ち居振る舞いも優美で威厳に満ちてて、うっかり年上だと思ったくらいだ。
「ごめん。巻き込んだ感じになって。とりあえず店に入ろう」
 菱科さんに促され、さっきの店に戻る。テーブル席に案内されて、私たちは向き合って座った。
 独創的な見た目と深みのある味わいの料理を前にしても、私はさっき引っかかった感情が消えなかった。
 店を出るまで我慢。そう心の中で繰り返し、表面では取り繕って過ごす。
 そして、店を出てエレベーターに向かうときにようやく口火を切る。
「菱科さん。すみません。この際なので、気になることは全部お話ししようと思うのですが……まだ少しお時間いただけますか?」
 私の雰囲気から、楽しい話題ではないことはきっと明白になっていたはず。それなのに、菱科さんは私の手を握り、優しい表情を見せた。
「わかってた。幸が食事中は食事に専念しようと気を使ってくれていたこと」
 そう言われ、私は目を丸くする。菱科さんもまた、私の考えを察していたから尊重してくれて、食事中はなにも言わなかったのだ。

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