姉の身代わりでお見合いしたら、激甘CEOの執着愛に火がつきました
 話し合いの場は菱科さんの自宅マンション。
 マンションに到着したのはもう夜十一時を回っていた。
 いつもであれば、一日の疲れから睡魔が襲ってきている頃だが、今ばかりは眠気もやってこなかった。
 ソファに座っていたら、菱科さんがティーカップを持ってやってくる。私は出され紅茶を前に、一度頭を下げた。
「さっきはせっかくの料理を前に、ずっと辛気臭くてすみません」
「いや。こっちこそ、知り合いが失礼なことを言った」
 菱科さんは神妙な面持ちで謝罪し、ひとり分の隙間を開けて隣に座る。
 私はティーカップの中の水色を見ながら、首を振った。
「失礼というより、本当のことだなと思っていたんです」
「本当のこと?」
 美有さんから突きつけられた言葉がよみがえる。
『釣り合いというものがあることくらい、わかっているでしょう』
 私は美有さんの存在云々よりも、あのとき彼女が口にした内容に動揺した。
「私が恋人だと知れたら、やっぱり菱科さんへの影響が大きいですよ」
 それは、美有さんに言われた初めて気づいたわけではなく、これまで何度か頭を過っていたものだったのだ。
 ようやく覚悟を決めて菱科さんと向き合う。彼は少々驚いた顔で私を見ていた。
 彼から目を逸らさないようにと意識して、再び口を開く。
「今さらですが、初めの頃に疑問に思っていたんです。そのうち、些細なことになってい
って胸にしまっていたけど、思い出したらやっぱり聞いてみたくなりました」
「疑問?」
 菱科さんの言葉に、無言で頷く。
「あの縁談って、菱科さんはどういうふうに受けたんですか?」
 新名家との繋がりを欲している理由なんて、とうに気にならなくなっていた。
 だけど、美有さんのひとことで現実に引き戻された。
 もしかしたら、一般的に華やかな印象があって、器量も気立てもいい姉が第一候補だったのではないか。
 初めはそのことについて、当然の選択だ、くらいに思っていたのに、今ではそんなふうに思えなくなってしまった。
 菱科さんの答えを待っている間、ドクドクと心音が身体中に響く。
「どうって、初めは祖父と父に打診されて」
「うちには未婚の姉もいたじゃないですか。だけど相手が私になったと知って、どう思ったのかなと……」
 気まずさのあまり言葉をかぶせて尋ねると、菱科さんはぽかんとしている。
「幸のお姉さん……?」
 今さらこんな質問になんて答えてほしいか、自分でもよくわからない。同時に、答えを聞くのが怖くなった。
「いえ! なんていうか、再確認したくて」
「再確認? なんの?」
「現在、菱科さんがなにか遠慮したり我慢をしたりしているなら、それはいやだなと思って」
 自分で気になって真相を確認したくせに、いざとなると意気地がなくなる。
 無理やり明るく振舞って言い終えた数秒後、自分の膝の上に置いていた手をふいに握られる。
 びっくりして菱科さんを見ると、真剣なまなざしで私の顔を覗き込んできた。
「……我慢? 我慢ならめちゃくちゃしてたし、してる」
「え、あ……っ」
 じりじりと詰め寄られ、思わず上体を反らす。私はそのままソファの座面に倒れてしまった。菱科さんに真上から見下ろされる状況で、心臓が早鐘を打っている。
 菱科さんの怜悧な目が情熱的に変化して、そこに私しか映し出されていない。
 その熱のこもった瞳に閉じ込められた感覚に陥ると、私はまたそのまま感情に流されたくなってしまう。
 だって、目の前にある扇情的な顔を私以外にも見せるだなんて、想像したくもない。
 恥じらいを押しのけて、菱科さんと視線を交錯させる。
 彼の顔が近づいてくるのを感じ、キスを連想した私はぎゅっと目を瞑った。しかし、彼の唇が触れたのは額だった。
 拍子抜けしたとき、菱科さんがあまりに深く息を吐くから不安になる。
「菱科さ……」
「危うく欲を優先してしまうところだった」
「え?」
 菱科さんの綺麗な瞳が再びこちらを向く。
「幸の中で、なにかがまだ解決していないんだろう?」
 菱科さんは私の本心を察したの?
 数分前、私は事実を知る勇気が萎んで、咄嗟に話題を逸らしてごまかした。だけど本当は……真実を知りたい。
 瞳を揺らす私に、彼は凪のように落ちついた声色で尋ねてくる。
「さっき言っていたお姉さんって? 縁談の相手が幸になったって、どういう意味?」
 菱科さんからは、とぼけている雰囲気は感じられない。初めて聞いて戸惑っている風にも見える。
 姉でも私でもよかった縁談じゃ……ないの?
 頭が混乱する中、たどたどしく口を開く。
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