姉の身代わりでお見合いしたら、激甘CEOの執着愛に火がつきました
 私が実家をあとにしたのは午後三時過ぎ。
 自宅アパートへ帰る電車の中で、スマートフォンにメッセージが来た。送信主を確認すると、來未ちゃんだった。
 嬉々としてメッセージを開く。
【やっほー。今日と明日休みなんだけど、幸は仕事かな?】
 來未ちゃんは、なんとなくメッセージからも華やかさを感じさせる。
 その明るい雰囲気にいつも元気をもらって笑顔になる。
【おかえり! 今日、私も休みだよ。今実家からアパートに帰ろうとしてたとこ】
 私が返信すると、來未ちゃんからすぐに返事が来る。
【本当? じゃあさ、ご飯食べ行こ~。うちに来る? まだ間に合う?】
 やった! 來未ちゃんと会うの久しぶりだ。
 私はにやける顔をどうにか堪え、スイスイと指を動かす。
【大丈夫! 今から向かうね】
 姉の自宅は、ちょうど私のアパートと実家の中間くらい。
 私は早く駅に着かないかなと、遠足中の子どもみたいにそわそわしていた。
 その後、姉のマンションの最寄り駅に到着し、改札をくぐる。逸る気持ちが抑えきれず、小走りでマンションへ向かった。
 駅からマンションまでは徒歩五分。
 あっという間にマンションが見えてくる。エントランスに向かうために建物に沿って曲がった瞬間、出会い頭に女性と衝突した。
「すっ、すみません!」
 申し訳ない気持ちで女性を心配すると、彼女は長い髪を耳にかけ直して口を開く。
「いえ、こちらこ……そ」
 目を合わせた途端、お互いに驚いて固まる。
 美有さん……! こんなところで遭遇するなんて!
 ふいうちの再会に、頭の中が真っ白だ。彼女も同様の心境らしく、目を見開いて硬直していた。
 それでも、やっぱり先に態勢を立て直したのは美有さん。
「あら。偶然ねえ。有望なバイヤーさんが、こんな高級住宅街にご用かしら?」
 彼女は先ほどまでの無防備なオーラは消え失せて、すっかり前回と同じ雰囲気を醸し出していた。
 私はというと、まだ驚きが尾を引いていて、たどたどしい回答の仕方になる。
「あ。ええと、姉の家に……」
「まあそうよね。失礼だけど、百貨店の新人バイヤーなら、このあたりに部屋を借りられる余裕はなさそうだもの。私はこの辺の都市開発プロジェクトの責任者なの」
 彼女は艶やかな唇に笑みを浮かべて言った。
 わかりやすくマウントを取られ、返答に困る。しかし、実際に美有さんは優れた人材で肩書きも立派なのだから、今さらそんな比べる発言をされたところでなにも感じない。
 もっとも、私は私。彼女に劣っているだなんて落ち込んだり卑下する必要はない。
 こんなふうに思えるのも、菱科さんの影響だ。
 私はすっかり気持ちが落ちついて、美有さんと向き合う。
「どうせ知らないんでしょうけれど、彼もこのプロジェクトに関わる予定だったのよ。私と一緒にね」
 腕を組む美有さんは、変わらず高圧的な態度のまま。
 恐怖感はない。ただ、彼女の発言内容に引っかかる。
 菱科さんが都市開発のプロジェクトに? 久東百貨店の事業内容じゃないはず……あ、違う。久東百貨店じゃなく、久我谷グループなら。久我谷グループは、ちょっとした不動産事業もあったはず。
 私が思案していると、彼女は厳しい声音で力説し始める。
「元々久東百貨店のCEO程度のポジションに収まるような人じゃないの。彼は久我谷グループを牽引する能力を持ってる。もっと新しいことを成し遂げられる人間なの。彼の居場所はこちら側なのよ」
 瞬時に思い出された。
 そういえば以前、私が社内恋愛に消極的だった流れで、菱科さんは自分が久東百貨店を離れるような案を出した。その際、アテはないわけでもないと言いかけていた。
 あれは、もしかしたら美有さんとの仕事を言っていたのかもしれない。彼女が話すことが事実なら、もともと就く予定だった場所に移ろうとしていたのかも……。
 そう考えたとき、美有さん云々ではなくて、菱科さん自身の本心はどこにあるのか気になった。
 まさか……私のせいでもある? 自意識過剰かな……。だけど、さっき思い出していた会話の続きで菱科さんが言っていた。
『幸を近くで見守ることは叶わなくなるけど仕方ない』って。
 
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