仕事に悪影響なので、恋愛しません! ~極上CEOとお見合いのち疑似恋愛~
 だから今も、不安を抱きはするけれど、美有さんではなくて菱科さんから話を聞きたい。
 そんな私の決意など知らない美有さんは、今度は姉に話しだす。
「恋愛は自由ではあるけれど、家柄の釣り合いもやはり大事ですよね。ああ、そろそろ戻らないと。私が戻らないと仕事が進まないので。ではこれで」
 美有さんは踵を返し、髪を靡かせて行ってしまった。
 私たちはふたりでぽかんと立ち尽くし、彼女の背中を見送る。
 姉が名刺に目を落とし、ぽつりとこぼす。
「なに、あの人。末広(すえひろ)ってことは、経営者の血縁かしら」
 私はどこから説明しようか考えを巡らせる。
 菱科さんのことは、会ったあとに話そうと思っていた。それがこんな状況になってしまって……。
 美有さんの発言をそのまま鵜呑みにされると、ものすごく面倒なことになる。
「この末広さんのパートナー? と、幸が? 特別親しいって?」
「それは……」
 早く訂正をしなくちゃと気持ちが逸るばかりで、言葉が出て来ない。
 姉は、「ふー」とゆっくり息を吐く。
「ひとまず部屋に戻ろう」
 私とは相反して、姉は相変わらず冷静だ。昔からそう。だからこそ、どんなトラブルが起きても冷静に対処しなければならないCAも適職なのだと思っている。
 私は姉の一歩後ろをついてあるき、マンション内に足を踏み入れた。
 來未ちゃんの部屋は十五階まであるマンションの、十階。
 エレベーターから部屋に入るまで、私たちは言葉を交わさなかった。
 無言の時間が続くにつれ、緊張感が増していく。
 私は「おじゃまします」と小声でつぶやくと、いつもの席であるダイニングチェアに腰をかけた。すると、來未ちゃんも向かい側の席に座る。
 正面からの射るような視線を感じ、なんとなく顔を上げられない。
「幸、今つき合ってる人がいるの?」
 ストレートな質問に、一瞬ドキッとした。
 私はまだちゃんと目を合わせられないものの、こくりと頷く。
「さっきの、末広さんが言ってた相手と……っていうことで間違いないの?」
「あれは……!」
 つい勢いで声が大きくなる。
 美有さんの説明だと、まるで私が菱科さんを奪ったみたいだ。
 でも実際、美有さんの話はでたらめだと言い切れない。菱科さんに確認をしていないから、現時点で私の口からはっきりと否定ができないのだ。
 もしかすると、過去にふたりはビジネスを超えて親しい関係だったことがあるのかもしれないし……。
 重く苦しい心持ちになり、不自然に口を噤んでしまう。
 姉は私の様子を観察して、怪訝な眼差しを向けてくる。
「わかった。まずは順を追って教えてくれる? その人とはいつからつき合ってて、どんなふうに知り合ったの?」
 私が同時に多くのことを考えて答えを導き出すのが難しいと判断して、そう言ってくれたのだとすぐわかった。実際、姉からの質問はいつも答えやすい。
「ええと、お祖母ちゃんがきっかけで、その人と縁談という話になって」
「縁談!? はあ……大方お祖母ちゃんは『幸のため』って思ったのね。悪意はないのはわかるけど、そういうところあるのよね、昔から」
「いや、それは……」
 來未ちゃんの勢いに負けて思うように説明できない。
「さっき、末広さんって人、相手のことを久東百貨店のCEOって言っていたわよね。久東百貨店って言ったら幸の職場じゃない。本当にそんな人が来たの? 幸との縁談に?」
「そっ、そうなの! うちのCEOでね。だから心配することはなにも――」
「心配することはなにもないはずないでしょう。大ありよ」
 思いも寄らない辛辣な態度を取られ、思わず言葉が引っ込んだ。
「幸。客観的に考えてみて。一点集中型で、仕事が一番だから恋愛はしないってずっと言っていた妹が、急に縁談してつき合って、さらに相手の知人女性が因縁つけてきて……って、心配しない方が無理だと思わない?」
 なにひとつ言い返せない。姉の言う通りだ。
 口を引き結んだまま黙り込む私に、姉は「ふう」と息を吐いた。
「その彼の今日の予定は知ってるの?」
「え? 今日は仕事で、そのあとはわからないけど……」
「今夜、約束を取りつけてもらえない? とてもじゃないけど、私こんなに心配ごとを抱えたままでいられない」
 姉からのお願いの内容に、度肝を抜かれる。
「今夜、約束を?」
「大丈夫。ケンカをするとかじゃないから。ただどういう相手かを知っておきたいの」
 向かい合っている姉の顔をジッと見つめる。
「……わかった。聞いてみる」
 そうして、姉が見守る中、私は菱科さんにメッセージを送る。
 美有さんのことには触れず、端的に【姉が菱科さんに挨拶をしたいと言っているのですが、今夜のご予定はいかがですか?】と。
 すぐに既読にならず、ふたりでコーヒーを淹れて飲み始めて数十分後にスマートフォンの通知が鳴った。
 菱科さんからの返信内容は、誘いに対する快諾とよければ食事も一緒に、といったものだった。
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