仕事に悪影響なので、恋愛しません! ~極上CEOとお見合いのち疑似恋愛~
 待ち合わせは、国内でも有名なリゾートホテル『オークスプラチナ』。
 私と姉は、そこの二階にある懐石料理店に訪れた。
 暖簾をくぐり、名前を告げるとすぐにスタッフが案内してくれる。その先の個室に、菱科さんはすでにいた。
 掘りごたつの席に座っていた菱科さんは、すっと立ち上がって一礼する。
「初めまして。幸さんと交際させていただいております、菱科京と申します」
「幸の姉の來未です。初めまして。今日は突然のお願いにもかかわらず、お時間を作ってくださりありがとうございます」
 一触即発のようなハラハラする雰囲気はないものの、和やかな空気ともいえない。どこか緊張感を醸し出す姉に、私まで緊張した。
 菱科さんがにこやかに「座りましょうか」と声をかけてくれて、私は姉と並んで腰を下ろした。
「ここはコース料理のみなのですが、苦手なものや逆に好物などございますか?」
 菱科さんの質問に、來未ちゃんは「そうですね……」と言って少し間ができてしまっていた。
 私がすかさず場を繋ぐ。
「私はなんでも好きです。來未ちゃんも、食べられないものはないよね? あ、でも特に煮物とかお寿司とか好きだよね。お蕎麦とか!」
 姉は国際線CAのため、海外で過ごす時間が多い。そのせいか、一緒に食事をするときは日本食を選ぶことがほとんどだった。
 私が姉の嗜好をペラペラと話すと、姉が恥ずかしそうに小声で言った。
「……幸、黙って」
 普段しっかりものの姉が、ときどきこういう反応を見せるからとても可愛い。
 そこで、菱科さんがお品書きをこちらに向ける。
「そうなんですね。ちょうど今日お願いしようかなと考えていたコースに、今言ったものが全部含まれてますよ。では、こちらをオーダーしてもよろしいでしょうか?」
 姉がひとつ咳払いをして、小さく答える。
「はい。お願いします」
 その後、先付けから始まり、煮物椀、お造りと新鮮さや繊細な味わいを楽しんだ。
 食事中は姉も普段通りに振舞っていて、菱科さんとお互いに仕事の話題を中心に会話をしていた。
 最後に抹茶とお菓子が出され、全員が食べ終えたときに來未ちゃんが急に真剣な面持ちで切り出す。
「菱科さん。失礼を承知で単刀直入に申し上げます。女性関係がだらしのない方に、うちの幸は渡せません」
「くっ……來未ちゃん? そんな、突然」
 突如姉の口から飛び出した発言に、さすがの菱科さんも驚いて目を見開いていた。
「大変恐縮ですが、それは僕のことをおっしゃっているのですか? 心当たりがまったくないのですが」
 姉の不躾な言葉にも怒りを表すことなく、菱科さんは温和な声でそう返した。
 隣の姉を見やれば、姉もまた感情的になってはおらず、菱科さんをまっすぐ見つめていた。
「いえ……。実はまだわからないのです。ですので今日、お会いしたかったんです。幸をお願いしても安心できる方なのかどうか」
 いきなり今日、約束を取りつけてほしいと言われたときは、本当に驚いたし不安もあった。だけど、あくまで姉は私を心配してそんなふうに言い出したのだと再認識する。
 すると、正面の菱科さんは、腑に落ちたといった様子で頷く。
「なるほど。そういうことですか。では、どうぞ。來未さんがご安心するまで、包み隠さずなんでもお答えいたします」
 堂々と宣言する彼は、本当に頼もしい。
 姉は菱科さんの雰囲気に少し圧倒されたようで、一瞬視線を手元に落とした。
「ではまず、末広さんという女性をご存じでいらっしゃいますよね?」
「末広美有? ええ、彼女とは知り合いではありますが」
「彼女が、幸に向かって言ったんです。菱科さんが今お住まいのマンションを一緒に選んだといった内容や、あなたと幸とでは釣り合いが取れていないといったことを」
 姉は今日あった出来事を抜粋し、淡々と説明した。
 それらはどれも事実なだけに、姉を咎めたり制止したりすることができなかった。
 釣り合い云々は美有さんに言われなくともわかっていたこと。
 だけど、マンションの話については真偽が不明で胸がざわめく。
 菱科さんをちらりと見れば、愕然としている。
 彼は眉根を寄せ、険しい声音で謝罪した。
「末広が、そんなことを……來未さんにご不安を抱かせたこと、お詫びします。ですが、それらはどれも事実ではありません。それだけは信じていただきたい」
 姉を正面から見据えて訴えると、今度はその真摯な瞳がこちらを向く。
「幸も。不快な思いや不安にさせて申し訳ない」
 そうして、深く頭を下げる。
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