仕事に悪影響なので、恋愛しません! ~極上CEOとお見合いのち疑似恋愛~
 私は菱科さんのつむじを見つめ、凛と返した。
「私は信じてます。菱科さんのこと」
 菱科さんを疑いはしなかったから、はっきりと伝えた。
 すると、菱科さんはほっとしたように口元に笑みを浮かべる。
「ありがとう、幸。俺もそんな勝手なことをされて黙っていられない。早々に対処するよ」
 後半は凛々しく宣言したかと思ったら、私の横にやってきて手を取られる。
「もし……幸さえいいと言ってくれるなら、そのときは一緒にいてくれないか。幸が不安になっていること、全部払拭すると約束する。そして、二度と幸を傷つけないようにさせる。必ず俺が守るから」
 一緒に……? 美有さんとの決着をつけるときに、私も……?
 菱科さんの瞳はまったくぶれない。
「まさか、また彼女と幸を合わせるつもりですか?」
 姉が焦燥に駆られたように、話に割り込んできた。
 私は菱科さんの手を握り返して微笑んだ。
「わかりました。一緒に行きます」
「幸! 本当に? よく考えて決めなさいよ?」
 私は菱科さんの手をそっと離し、姉に身体を向き直す。そして、ひとつひとつゆっくり伝える。
「あのね、來未ちゃん。私、縁談を受けてよかったと心から思ってるの。菱科さんに出会えてよかったって」
 姉はなにも言わず、黙って私を見ている。
「菱科さんは臆病だった私に寄り添ってくれた。恋愛のよさも、仕事をより楽しむ方法も教えてくれた。この先一緒にいたい人を考えたら、菱科さん以外考えられない」
 彼は、私に歩み寄っては手を差し伸べ、ともに並んで歩いてくれる。
「私、菱科さんが好きなの」
 ストレートに『好き』と口に出すのは、これが初めてかもしれない。
 だけど、今は照れも緊張も感じない。
 私、今ではもう自信を持って彼が好きだと言える。
「末広美有が幸に好き勝手言ったことは水に流すつもりはありませんので、どうかご安心を。幸を傷つけた代償は大きいのでね」
 菱科さんは口の端をわずかに上げ、ニヒルな笑みを見せたかと思えば一転、姉に対し誠実な目を向ける。
「來未さん。そもそも僕たちは政略結婚を見据えた縁談だったわけではありません。僕が長年幸さんに想いを寄せていて、祖父たちの縁を利用させてもらったんです」
「え……そうなの? お祖母ちゃんの押しつけじゃなかったってこと?」
 驚愕する姉に、私はコクコクと首を縦に振った。
 姉は少しの間黙り込んだ。頭の中を整理しているのかもしれない。
 すると、姉がふいに菱科さんへ質問を投げかける。
「その話が本当なら、菱科さんが幸を好きだなと思うところを教えてくれます?」
「えっ? く、來未ちゃん!」
 なんでそんな質問を! そんなのふたりきりのときに言われたって恥ずかしいのに、姉の前でとか……どんな顔で聞いたらいいの。
 動揺するも、心の奥底では私の好きなところはどこだと思ってくれているのか気になる。聞きたいけれどこの場では聞きたくないような、そんな複雑な心境でそわそわと落ちつかずに菱科さんの答えを待った。
 菱科さんは平然と「もちろん、いくらでも」と前置きをして話しだす。
「常に一生懸命で向上心を持って明るく元気なところ。接客の際、ビジネスライクではなく、心から寄り添う姿勢を持っているところ。全力で挑戦して、うまくいかなかったら真剣に落ち込んで、でもまた前を向き、最後に見せる笑顔が可愛いです」
 悩む素振りも見せず、次々と流暢に出てくる言葉に姉は茫然とする。私も照れくささを通り越して隠れてしまいたくなった。
 けれども、当の菱科さんはお構いなしでさらに続ける。
「自分の好きなもの、好きな仕事になると瞳がキラキラと輝く。そんな純粋な幸さんが最高に……」
「もう十分です。よーくわかりました」
 姉が制止して、ようやく菱科さんは口を閉じる。
 姉は額に片手を添えて、ぽつりとこぼした。
「正直、想定外で思考が飛びかけました」
「想定外とは?」
 菱科さんが尋ねると、姉はしばらくそのまま動かず。少しして、やっと伏せていた瞼を押し上げた。
「なかなか想像しにくいでしょう。若くして国内大手百貨店のCEOに就任し、ご実家も立派な環境で、容姿もいい。こちらがどんなに揺さぶってもさほど大きな動揺もせず、冷静沈着かつ余裕もある。力で強引に捻じ伏せて解決するでもない」
 そこまで一気に捲し立てると、姉はふいと顔を軽く横に向ける。
「そんな人が、妹を語るときは熱く夢中になるなんて……誰も予想できないですよ」
「……なるほど。そう言われたら、僕も幸さんの存在を知ったあとの自分の変化に驚いていたくらいです」
 菱科さんは初め、ひとりごとのごとくそう言って、さらに続ける。
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