仕事に悪影響なので、恋愛しません! ~極上CEOとお見合いのち疑似恋愛~
 ひとりひとり好みは違い、環境も事情もそれぞれある中で、一緒に探しているものにたどり着いたとき。もしくは、新しい発見をしたとき。
 極端に言えば、うちの売り上げにならず、他店を進めることだってある。
 それでも、お客様はうれしそうにしているし、次回また足を運んできてくれる。
 利益だけではない、そういう『余白』こそ、私は大切にしたいし、守っていきたいと思う。
「俺がやりたい仕事はそういうものを追求すること。金額だけで価値観を固めたくないんだ」
「理想論だけ並べても。結局資金を回収しなきゃ店は潰れるのよ?」
「慈善事業とは言っていない。戦略次第さ。総括して、売り上げには携わる人間の魅力が結果を左右すると思っている」
 菱科さんは最後に私を見て、ニコリと笑ってくれた。
「バカバカしい」
 美有さんはそう言い捨て、席を立った。
「そうか。末広社長は概ね賛同してくれているはずなんだけど」
 菱科さんは自分のスマートフォンをスッスッと操作し、なにか画面を開いてテーブル上に置いた。
「P.M.スエヒロの持つ不動産を利用し、久東百貨店『別館』として新店舗オープンする予定。これはすでに決定事項」
 美有さんはスマートフォンを凝視して、今日初めて大きな動揺を見せる。
「き、聞いてないわ、そんな話!」
「そうかもな。君とは価値観が違うから、この件からは外されているということかもしれない」
 美有さんはスマートフォンを手に固まっている。
「ラグジュアリーなものが悪いとは言っていない。だが、そのまま高級ブランド至上主義でいると、いつか足元をすくわれかねないぞ」
「……っ、大きなお世話よ」
 美有さんはスマートフォンをテーブルに音を立てて戻し、踵を返した。
「待て」
 次の瞬間、菱科さんが美有さんを呼び止めて立ち上がると、彼女の手首を捕らえる。
「俺とお前はもともと見ている方向が違う。だから俺たちが直接関わる必要はもうない。もちろん、幸とも」
 そして、彼はこれまでで一番低い声で追い詰める。
「約束しろ。二度と幸を侮辱しないと。じゃなきゃ、次は俺もこんな冷静な話し合いで終える自信はない」
 美有さんは下唇を噛みしめ、菱科さんを睨みつけた。
「放して! 関わるわけないでしょ、そんななにも持たない子に。私、そこまで暇じゃないの」
 美有さんは息巻いてお店を出て行った。
 私は菱科さんとふたりきりになって、無意識に肩の力を抜く。
「な……なんか……いろいろ衝撃的でした……」
 よくも悪くもはっきりとした性格とでも言うのかな。美有さんにとっては自分の仕事に誇りを持っていて、自信もあって、なによりも大事なものなのかもしれない。
 そして、それを有能な菱科さんと一緒にやり遂げたい気持ちが強すぎて、今回ちょっといきすぎてしまったのかも。
 菱科さんは椅子に座り、私に向かって頭を下げた。
「えっ?」
「申し訳なかった、本当に」
 改めて謝罪をする菱科さんを見つめ、本音をぽつぽつと話す。
「私、菱科さんと美有さんと深い関係だとか、そういう不安はなかったんです。ただ……引っかかっているのは、久我谷グループに支障が出るのではと」
 美有さんは、菱科さんと一緒に仕事ができなくなったことを嘆いていた。菱科さんのことを『私のパートナー』って、堂々と宣言したこととか、さっきの話し合いもところどころ優位に立っているような口ぶりをしていたから、不安になってしまう。
「心配させてごめん。大丈夫だよ。美有にそこまでの権限はない。それに、彼女の父の末広社長とは懇意にしてるんだ」
「そうなんですね。あ、さっきもマンションの話を……」
「ああ。でもいろいろ勧めてはくれたけど、結局今のマンションは俺が探して決めた物件だから安心してほしい。美有は一切関係ない」
 気になっていたことがすべて解決したはずなのに、胸の奥がチリッとする。
「今さらですが……『美有』って呼んでるんですね」
 菱科さんが彼女を初めて『美有』と呼んだときは、ここまで気にすることもなかったのに。今、すごくその呼び方に引っかかる自分がいる。
 悶々とするあまり、思わずぽつりと漏らしたものの、すぐに我に返って俯いた。
 こんな子どもっぽい嫉妬を。菱科さんだって呆気に取られすぎて、なにも言えないんだろう。
 恐る恐る視線を上げると、彼はどこかうれしそうな表情をしていて疑問になる。
「え、と……どうしてうれしそうなんですか?」
「ああ。ごめん、つい。幸がやきもちを妬いてくれていると思ったら自然と」
『やきもち』だなんて、改めて口にされるとものすごく恥ずかしい。一気に頬が熱くなる。
 そのとき、菱科さんがふわりと手を重ねてきた。
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