姉の身代わりでお見合いしたら、激甘CEOの執着愛に火がつきました
 それから、タクシーで約十分移動し、到着したのはクリスマスシーズンになると特に利用者が多くなるラグジュアリーホテル。
 館内の装飾やイルミネーションもキラキラしているけれど、ホテル周辺の雰囲気が全部クリスマスムード一色で心が躍る。
 チェックインをして最上階の部屋に向かう。エレベーターを降り、たどり着いた先はロイヤルスイートだった。
 室内へゆっくり歩みを進めると、信じられないくらいに広い部屋に驚いた。そして、次に前方のパノラマウインドウに意識が向く。
「うわあ……すごい! 綺麗すぎる……」
 クリスマスツリーの電飾みたいにキラキラ輝く夜景に吸い込まれ、窓際まで歩く。
 窓の外は東京湾やレインボーブリッジが望める、ロマンチックな景色だった。
 窓に張りつく勢いでしげしげと窓の外を眺めていると、後ろから両肩に手を置かれた。
「今夜はここに食事を運んできてもらうことになってるから、思う存分この景色を堪能できるよ」
「えっ」
 そう言われ、振り返って気づく。
 ダイニングテーブルには緑と赤のクリスマスカラーのテーブルクロス。そこに刺繍の施された白のテーブルランナーが敷かれ、お皿やナプキン、カトラリーもセットされている。卓上の花もクリスマス仕様でポインセチアが飾られていた。
「頃合いを見て料理をお願いしよう」
 本当、どこかのお城で開かれる食事会みたいな……ふたりで使うには広いダイニングテーブルだし、シャンパングラスとかキャンドルとか、すべてにこだわりが感じられて感嘆の息が漏れる。
「童話の中の光景みたい。おしゃれですね」
 こんなふうに思うのはなんだけど、さっきのカフェとの振り幅が……。
「菱科さんって、本当にすごい……。どう表現していいかわかりませんが、リーズナブルで楽しいお店も知っているし、こんな非日常的なエスコートまでできちゃうし」
 感動して熱い思いを伝えると、菱科さんはスッと私の左手を取って微笑んだ。
「今日は特別な日だから」
「そうなんですか?」
 彼は一度頷き、私の手に視線を落とす。
「これはもしかして、俺が前にプレゼントしたものを?」
 私は自分の爪を見つめ、小さく「はい」と返した。
 今日は以前菱科さんがくれたネイルを塗ってきた。色はパールベージュ。
 なんとなく……美有さんを意識してしまって、大人っぽいこの色を選んでしまったのだけれど。
「この色も似合ってる。うれしいよ。こうして使ってくれて」
 たかが指先なのに、まじまじと見られるだけで鼓動が大きくなっていく。
 くすぐったい心境で菱科さんの視線に堪える。
「こちらこそ、ありがとうございます。大事に使ってます」
 艶々の爪を眺めて、心がまあるく、温かくなるのを感じる。
 幸せを噛みしめていると、菱科さんがもう片方の手をポケットに入れてなにか取り出した。
「さらにプロデュースさせてもらおうかな」
 頭に疑問符が浮かぶや否や、私の左手の薬指にエンゲージリングをはめられた。
「よかった。ぴったりだ」
 あまりに急なことで思考が停止する。
「幸? 困らせた?」
 菱科さんがやや不安そうに私の顔を覗き込む。
 私はまだ声が出せず、代わりにぶんぶんと首を横に振った。
 瞳に映し出されるのは、照明の光を反射させ、キラッと輝きを放つ素敵な指輪。
「なんですか、これ……。ものすごく綺麗で……信じられない」
「指輪もイメージ通り、似合ってる」
 菱科さんは私の手を軽く握り、手の甲にキスをする。
「幸、これからも俺のそばで笑っていて。なにかに夢中になる幸の笑顔を、一番近くで見続けたい。結婚しよう」
 本当に、信じられない。
 ほんの数か月前まで、私は『仕事をし続けているうちは、ひとりきりかもしれない』だなんて考えていたのに。
 うれしい。だけど、私がちゃんと菱科さんを支えられるかな。頑張る気持ちはもちろんあるけど、迷惑や負担をかけないか心配ではある。
 私は考えるだけで口には出さず、菱科さんをジッと見つめた。
 彼は私の不安を真正面から受け止めるように、片時も目を逸らさずにこちらを見つめて動かない。
 ふいに指先をきゅっと握られる。
「今日、宣言してたよな。『私が大好きな人たちが私を必要としてくれたら、私はそれで十
分。多くを望みません』って」
 それは、さっき美有さんの言葉に対して返した私の言葉だ。
「あのとき、俺が好きになった人はこういう人だったって再確認した。自分以外を大事に思う君を、俺が誰よりも大事にしたいと思ったんだ。だから俺も、幸が俺を必要としてくれたら……それで十分。それ以外はなにも望まない」
 菱科さんは私の頬に手を添えて、その瞳に私だけを映し出す。
「俺を好きだと思ってくれるなら、もうなにも考えず飛び込んできて」
 瞬間、燻っていた迷いも悩みも、彼のまっすぐな想いに包まれて消えていく。
 その頼もしく、温かい胸に飛び込んだ。
 広い背中に両手を回し幸福に浸っていると、菱科さんがぽつりと言う。
「……ああ、やっぱり『なにも望まない』っていうの訂正していい?」
「ええ?」
 すぐに意見を翻すものだから可笑しくて、こんな大事な場面だというのについ笑ってしまった。
 菱科さんは、柔らかな表情を浮かべて言う。
「名前で呼んでほしい。もう俺の妻になるんだから」
 私は彼を数秒見つめ返し、小さく咳ばらいをする。
 名前を呼ぶだけなのに、こんなにもドキドキするとは思わなかった。
「そうですね、では。……京、さん」
 彼の反応はまだなく、余計に心拍数は増すばかり。
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