姉の身代わりでお見合いしたら、激甘CEOの執着愛に火がつきました
 ようやく口を開いてくれたと思ったら、言われたのはこんな言葉。
「ぎこちないなあ」
「それは……仕方ないじゃないですか」
 思わず照れ隠しで返すと、京さんは顎に手を添え、なにか思案する素振りを見せる。
「でも、そうだな。ぎこちない瞬間も貴重だ。ちゃんと記憶に刻みつけておこう」
 真面目な顔でそんなことを言われ、目を丸くする。それから、ふと冷静になって指摘した。
「意地悪で言ってますね……?」
「いいや。単に浮かれてるんだ」
『浮かれてる』と言った彼は、確かにうれしそうに顔を綻ばせていた。
 彼の満たされたような表情に目を奪われていた隙に、腰を引き寄せられる。あっという間に彼の腕の中に収まると、耳元でささやかれた。
「大丈夫。今夜中に呼び慣れるよ、きっと」
「え?」
 ピンと来ず、無意識に京さんを見る。彼は唇を弓なりに上げ、艶っぽい視線を返してきた。
「夜通したくさん呼んでもらう予定だから」
 今夜……夜通し……呼び慣れ……。
 彼の言いたいことを察すると、恥ずかしさで顔が熱くなる。京さんは私の反応を見て、満足そうに口元を緩めていた。
 私は堪らずため息をこぼす。
「はあ……心配」
「なにが?」
 首を傾げる京さんを一瞥し、ぼそっと答える。
「社内でうっかり名前を呼び間違えないかどうかです。そういう失敗する自分が簡単に想像つくので」
 これはなにかルールに直接的に反するわけではないものの、自分の問題というか。またひとりであわあわして、最悪仕事に支障出したりして……。
「なるほど。だったら、緊張感を持たせようか?」
 京さんの提案に、今度は私が首を傾げる。
「社内で呼び間違えたら、その都度なんでもひとつ言うことを聞くとか」
 なんでもひとつ……。ペナルティ系の対策ということね。
「それは確かに緊張感ありますね。なんでもってところが……菱科さんがどんなことを言うか全然予想できませんし……」
 無茶なことは言われないだろうけれど、どんな指令が出るのか見当もつかない。
 あれこれ考えを巡らせていると、京さんがズイと顔を近づけてくる。
「逆も然り。社外で『菱科さん』って呼んだらアウト」
「えっ。ずるい、待っ……ン」
 反論する間も与えられず、ふいうちで唇を重ねられる。口を離した彼は、したり顔でささやいた。
「その場合は、こうしてどこであっても口を塞いで言い間違えを指摘しよう」
「ちょっ、それは! どこであってもって、外だったら誰かに見られちゃうでしょう。菱科さんにだってリスクが、あ……っ!」
 慌てるあまり、また失言をしたことに気づいて口に手を添える。
 京さんはにっこりと笑い、再び私の顔に影を落としていく。
「改めて、幸のそういうところ好きだよ」
 甘いペナルティの予感に、堪らず目を瞑る。次の瞬間。
「ひゃあ! な、なんで!」
 突然抱き上げられて動揺する。さっきまで見ていた夜景も視点が変わると感じ方がまるで違う。だけど、正直今は景色なんて一瞬だけしか確認する余裕はない。
「この部屋、ベッドルームも広いから案内しようと思って」
「あ、あとでゆっくり見ますから」
「そう遠慮しないで」
 京さんはわざと強引にそのまま私を抱いて歩く。
 急展開に、また私の心臓がバクバクいってどうにかなりそう。
「菱……け、京さん!」
 今回は途中で気づいてなんとか呼び直せたものの、彼はそんな私を見てくすくすと笑っている。
 これは完全に私をからかって遊んでいるやつだ。
 じとっとした視線を向けると、楽しそうに目を細める彼に謝られる。
「ごめん。あんまり可愛いから」
 むうっと口を尖らせるや否や、瞬く間に唇を奪われた。
「なっ、んで……呼び間違えてないのに」
 何度口づけられたって、そう簡単に慣れるものではない。むしろ、今なんかはキスされるたびに胸の鼓動が速まっている気がしてそわそわする。
 京さんがふいに笑った。
「ゲームは終わり。ここからは――思いのままにキスさせて」
 どちらからともなく鼻梁を交差させ、最後は自ら口づける。
 京さんの反応を見ると、意外だったのか静止していた。
「私からも……したいと思って」
 すると、彼は私をベッドに下ろしたあと答える。
「どうぞ、好きなだけ」
 私の瞳には、幸せそうに笑みをたたえる京さんが映し出されている。
 彼に両腕を伸ばすと、やさしいキスが待っていた。

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