姉の身代わりでお見合いしたら、激甘CEOの執着愛に火がつきました
番外編
約三年半前――晴れて俺は幸と夫婦となった。
あのプロポーズの数週間後のクリスマスイブに、婚姻届を提出したのだ。
婚姻届の証人欄には、幸の祖母である関野ふみ子さんの署名をもらった。
以降の流れは、俺が以前幸に話した通り、とんとん拍子。無事に両家への挨拶を済ませ、幸の希望で俺のマンションで一緒に暮ら始めた。
ちなみに、年が明けた頃、來未さんも長らく交際していた恋人と一緒に実家に挨拶に来ていたと幸から報告を受けた。
なんでも彼は、世界中を旅するフリーカメラマンらしい。なかなかふたりの時間が合わないのと、彼の職業が自由すぎる印象を与えると思って、両親に紹介するのを控えていたのだとか。
そんなふたりが今回、両親へ挨拶に来たのは結婚を決めたからということだった。
そして、末広美有。彼女はその後、都市開発に合わせて協力してくれる店がなかなか集まらず、苦戦していたと風の噂で聞いた。
そんな中、幸は結婚したあとも変わらず『新名幸』として久東百貨店で働いている。
案外俺たちの関係を知らない社員が多く、知っているのはごく一部。
幸に至っては『CEOの妻と意識されないほうが働きやすい』と、認知されていない現状を肯定的に受け止める始末だ。
夫としてはちょっと複雑にはなったが、『幸が既婚者』ということは周知されているため、それでよしとすることにした。
……じゃなきゃ、きっと気が気じゃなくなっていると思う。
ネクタイをしめつつ、鏡越しに自分の左手にある結婚指輪に目を向ける。
幸の気持ちはもちろん、身振りもまったく心配はしていない。
ただ、幸は先輩後輩問わず人気があるから……。
だいぶ商品管理本部の仕事に慣れた幸は生き生きとしていて、以前にも増して輝いて見える。
どんなことにも真剣に向き合い熱心な姿は俺だけでなく、男女問わず魅了している。
そんな彼女には、結婚して数年経ったというのに俺は今も余裕なく頭をいっぱいにさせされるのだから堪らない。
身支度を済ませ、カバンを手にして玄関へ向かう。
途中、リビングのドアを通過する際に、幸に声をかけた。
「幸、行ってくるよ」
「はーい」
キッチンからの返事を聞き、再び玄関へ歩みを進める。
ちょうど靴を履き終えたとき、後方の廊下からパタパタと足音が近づいてきた。
俺は後ろを振り返り、足音の主が姿を見せるのを待つ。
「パパァ、しゃい!」
朝から大きな声で送り出してくれるのは、二歳の愛娘の円花(まどか)。
『しゃい』は『行ってらっしゃい』を意味する円花の言葉だ。
俺と幸はもちろん、お互いの家族も円花の誕生をとても喜んでくれたのだが、一等喜んでいたのは幸の祖母だった。
幸の祖母は、それはもううれしそうに目尻を下げて円花を抱いていた。そして、その数か月後にこの世を去った。
当然幸は泣き崩れた。けれども、孫を抱いたときのうれしそうな顔が見れたのと、なによりもこれから守っていかなければならない存在の円花がいるからと、前を向いていた。
そういう幸の強さを改めて目の当たりにし、俺は彼女を抱きしめた。
「行ってきます。円花も元気に遊んでくるんだよ」
俺は、まだ十キロちょっとしかない円花をひょいと抱き上げる。
「あい!」
全力で頷いて返事をする丸いほっぺの円花が可愛いくて、毎朝後ろ髪を引かれている。
幸が廊下の曲がり角からやってきて、両手を伸ばした。
「円花、おいで」
すると、円花は幸のほうへ手を伸ばし、俺の腕から移動する。
そう。幸は出産を経て、産後約半年で職場復帰していたのだ。
円花は今ではすっかり保育園に慣れていて、毎日泣かずに登園している。俺もできる限り登園やお迎えをするようにしているけれど、どうしても幸に頼りがちだ。
「ごめん。今日も円花をよろしく。幸も気をつけて出社して」
「うん。京さんも気をつけてね」
ふたりに手を振り、自宅マンションをあとにする。
愛車でオフィスに到着し、CEO室へ足を向けた。デスクに向かうとさっそくパソコンを立ち上げて仕事を始める。
その後、十時過ぎから午後五時頃まで外出し、再びオフィスに戻ると各部署の責任者が推薦する来夏のフェア企画案のチェックに取りかかった。
いくつか企画書を読み進め、最後の企画書のファイルを開く。