姉の身代わりでお見合いしたら、激甘CEOの執着愛に火がつきました
『〝久東祭〟 新名幸』
 幸の名前を見て一瞬手が止まる。
 今回だけでなく、幸は自分の企画案を家では一切話さない。それはどうやら遠慮しているわけではなく、彼女なりのプライドなのだろう。
 マウスでスクロールして読み進める。
 幸の企画内容は、簡単に言うと久東百貨店催事場にて夏祭りを開くといったもの。
 とはいえ、その場で食品を調理して売り出す店はなく、類似のものや土産物などとして扱っている商品を並べるというイベントらしい。
 例として挙げられているものは、SNSで話題のお土産にできるフルーツ飴や、チョコバナナ味のポップコーン、カップに入ったわたあめ……カラフルコットンキャディなど。そのほか、輪投げや千本引き、ヨーヨー釣りを楽しめるように準備――と記載があった。
 館内でのお祭りを想像し、家族で楽しむ絵が浮かんで自然と頬が緩む。
 ああ、会いたいなあ。
 脳裏に幸と円花の顔が浮かぶ。
 腕時計をちらりと見て、今日は早く帰ろうと思ったそのとき。
 デスクの上のスマートフォンに着信があった。発信主は幸。俺は迷わず応答する。
『もしもし。まだ仕事中だった?』
 電話越しにでも、幸の声を聞くとほっとして胸の奥が温かくなる。
 今日の疲れも吹き飛んで、俺は穏やかな心で答えた。
「うん。でもそろそろ帰ろうとは思ってる。幸は?」
『えっと、私は今エントランスを出たところで。今日の夕食は一緒に食べるのかどうか確認し忘れてたなって』
 俺はスッと椅子から立ち上がり、スマートフォンを耳と肩に挟め、デスクにある書類を片づけながら言う。
「あと数分待てる? 一緒に円花を迎えに行こう」
『いいの? それなら会社の近くのカフェで待ってる』
「了解。もう少し待ってて。すぐ向かう」
 それから急いで支度を済ませ、幸が待つカフェ付近に到着したのは十五分ほどあと。
 いつも一時停車させる場所に、すでに幸の姿はあった。幸は俺を見つけるなり、花が咲いたような笑顔を見せる。
 幸が助手席に乗り込み、ドアを閉めた。
「待たせてごめ……」
「お疲れ様でした。どうぞ」
 幸は紙袋からホットコーヒーを手に取り、俺へと差し出してきた。
「ありがとう」
 紙カップを受け取り、お礼を言うと、彼女は満たされたように微笑みながら、俺を見つめる。
 ――めちゃくちゃ可愛い。
 コーヒーもスリーブ越しにでも熱いくらいだ。きっと、俺が迎えに来る頃を予測してギリギリにオーダーしてくれたのだろう。
 そして、そんな極上の笑顔で渡されたら……。
「今日は京さんのおかげで円花を早く迎えに行け……」
 幸がシートベルトをしめ終え、顔を上げた瞬間、触れるだけのキスをした。彼女はなにが起きたのかまだ理解できていないのか、大きな目をぱちくりとさせている。
 その表情は円花にそっくりで、思わず相好を崩す。
「俺も。幸が電話くれて待ってくれたおかげで、早く会えた」
 思ったことをそのまま伝えただけなのに、幸が驚いた顔をし、それから面映ゆそうに目を細める。
 車内とはいえ、まだ外だということを思い出し、平静を装って車を発進させた。
 速度を上げ、保育園へ向かう道を走りながら話題を振る。
「さっき、企画書見たよ」
 すると、幸は自信なさそうに首を窄め、ぼそりと言う。
「あ……。どうかな。円花と一緒に過ごしてるときに閃いて。CEOのお眼鏡にかなう企画だったらいいんだけど」
「結果は追々。でもその前に、円花と三人でどっか縁日に行こうか。幸の企画書見てたら、みんなで行きたくなった」
 俺の提案に、幸ははにかむ。
「それはうれしいな。じゃあ、久々に浴衣着ようかな。よかったら京さんも」
 信号待ちの合間に幸を見れば、照れくさそうに手をもじもじとさせている。
 彼女の手を包むように左手を置き、笑顔で返す。
「ん、そうする」
 普通に答えただけのはずなのに、幸の様子がおかしい。頬を赤く染め、なにか言いたげなのになかなか口を開かない。
 もう一度信号を確認するも、相変わらず赤のまま。
 ほっとして再び幸に視線を戻す。
「具合でも悪い?」
「いや、その……夫婦になっても旦那様に恋愛するものなんだなあって、しみじみ思ってしまって」
 予想外のセリフに言葉を失う。
 俺が固まっていると、幸は上目で俺を見てさらに続けた。
「だって……京さん、何年経っても私をドキドキさせる」
 最愛の妻からふいうちで最高の殺し文句を言われ、こっちのほうがどぎまぎさせられる。幸の右手を掴み、自分の左胸に当てさせた。
「確かに。ほら、俺も」
「えっ、あ……ほんとだ?」
 手元から目線が向けられ、視線が交錯した瞬間、キスを交わす。
 青信号に変わる直前、幸をまっすぐ見つめて伝えた。
「心臓がこんなふうに反応するくらい、今でも幸を愛してる。俺もこの先も幸をドキドキさせられるよう頑張るよ」
 幸が恥ずかしそうに目を伏せた直後、前方の信号が青になる。
 俺はハンドルを握って前を向く。
「さあ、円花のところへ急ごうか」
「うん。そのあとは三人で買い物に行ってから帰ろう。円花、京さんと迎えに行ったらすごく喜ぶよ」
 やさしく穏やかな時間に、この上ない幸福感を抱く。
 今日も明日も、この先もずっと、今ある幸せを守り続ける。
 最愛の彼女とともに。




おわり

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