姉の身代わりでお見合いしたら、激甘CEOの執着愛に火がつきました
 たぶん、私がもっとも苦手としている言葉を突きつけられる。そう思って密かに身構えた。
「身体を休める時間も惜しくなってくるだろうから、それだけは気をつけて」
 想像とは違う反応が返ってきて、目を瞬かせた。
「あ……はい」
 てっきり、良縁が来ないとか可愛げがなくなるとか、そういったネガティブな感想を告げられると思ってしまった。
 咄嗟にそう思ってしまったのは、過去に仕事が原因で振られた経験があるため。
 仕事と恋愛の両立というものが、私にとっては難しい。というか、今の私は仕事に比重を置いていて、そのほかのことをどうにもあとに回しがちだった。
 そういう自分をわかっているから、私はもう『仕事と恋愛の両立』を目指すのはやめようと決めている。
「ご心配ありがとうございます。確かに私、健康管理を疎かにしがちなので。そのせいか、爪も割れやすくなっちゃって。だけど最近は本当に時間もなくて最低限のケアだけに……ってこんな話、恥ずかしい限りなのですが」
 販売員の頃は、接客業なのもあり爪も髪も手もケアに気を配っていたのだけれど。
 私は自分の手をさっと隠し、一笑する。
「でも私、小さい頃からずっと好きだった場所で仕事できることがうれしくて、楽しいんです。ほかのことを考えられないくらいに」
 彼は私の苦手な反応を見せないとわかったのと、頬を緩ませながら私の話を聞いてくれるから、ついつい止まらなくなってしまう。
「今はネットで買い物が済む時代で、それは楽でタイパもコスパもいいのはわかるんです。でも実店舗はそこに人がいて、ブランドそれぞれの雰囲気もあって。私はそういうひとときを提供することに意義を感じるんです」
 こういう話を友人にすると、初めは耳を傾けてくれるものの次第に私がひとりで盛り上がる図となる。そして、決まって『もうその話はいいよ』と白けた雰囲気になり、そのたび口を噤んできた。
 だけど、目の前の彼からは『面倒くさい』といった様子は感じられない。むしろ、見守るようなやさしい眼差しを向けてくれている。
 仕事の話を好きなだけしても、きちんと聞いて受け止めてくれることがうれしい。
 気づけばうっかり熱く語っていたと我に返り、彼の顔色をうかがった。しかし、やっぱり彼は嫌そうな顔ひとつ見せず、口角を上げる。
「同感だ」
 さらには共感までしてもらえるなんて。
 彼の瞳に目を奪われる。
 その目を見ていると、私の話に心から興味を持ってくれているのだと、都合よく受け止めてしまいそう。
 ふいに胸の奥に不思議な感覚を抱き、なんだか急に彼を直視できなくなった。
 なに、この動悸は。食事も終盤で、散々この人と向き合っていたのに急に恥ずかしく感じるなんておかしい。
 私は自分が抱いた違和感を打ち消して、食後のカフェオレを飲んでレストランを後にした。

 再びロビーに戻った際に、彼が尋ねてくる。
「明日の朝は何時集合?」
「八時半です」
 時間の話題になった流れで、現地時間に合わせている腕時計を見る。
 今は午後九時前。このあと部屋に戻ってシャワーを浴びて……明日の準備もしなくちゃ。
「なら、上でもう少し一緒にどう?」
 頭の中でこのあとの流れを考えているところに、思いも寄らない言葉をかけられ、一瞬思考が停止した。
『上』って、宿泊している部屋ってこと……だよね?
「ええと……」
「結構雰囲気のいいバーなんだけど、お酒以外もあるよ」
 部屋ではなくバーとわかり安堵したけれど、やっぱり動揺はしてしまう。
 目を泳がせてどう答えるべきかと思っている間に、菱科さんはさらにストレートに誘ってくる。
「もっと話したい。君と」
 こんなふうに、『もっと話したい』だなんて言われたことあっただろうか。
 彼との食事はとても楽しかった。だけど、私はここへは出張で来ている。さっきの食事は、あくまで助けてくれたお礼の名目上でのこと。
 とはいえ、やっぱり無責任に近づいてしまっていた。
 ここが海外ということや、彼には恩義があって〝親切な人〟という第一印象を受けたために、普段と比べ安易に心を許してしまっていたかも。
「ごめんなさい。これ以上は……」
 私は両手を前に揃え、頭を下げた。
「だめ?」
 ひとこと聞き返され姿勢を戻すも視線は上げられず、手をぎゅっと握る。
「そ、その……今さらですが、しょ、初対面ですし! 仕事で来ていますし!」
 ふたりきりで食事をし、ごちそうにまでなって本当に今さらな発言だとは自分でもわかっている。
 だけど、初対面の男性に誘われる場面に遭遇したことがなく、うまく対応できない。
 心臓がドクドク大きな音を鳴らしている。
 もしも彼にもうひと押しされたら、冷静に断れる自信はない。
 すると、菱科さんが小さく笑う。
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