姉の身代わりでお見合いしたら、激甘CEOの執着愛に火がつきました
「わかったよ。初対面を理由にされたらどうしようもない。困らせて悪かった」
彼は出会った瞬間から、ずっと紳士的だった。
今もまた、きっと私が気まずくならないような雰囲気を意識して気遣ってくれている気がする。
脳内であれこれ考えている間に、彼が一歩近づいてきた。反射的に彼を見上げた瞬間、耳元でささやかれる。
「その代わり、次に会ったときは俺に時間をくれるって約束して?」
低く艶やかな色っぽい声に足の力が抜け落ちそう。
どうにか堪えて一歩後ずさる。彼の微笑みは気品が溢れているためか、下心があるようにはまったく見えなかった。
本気なのか社交辞令なのか、判別できない。こんな約束を交わしちゃっていいの?
菱科さんは、至近距離でうっすら唇に笑みを浮かべて返答を待っている。
気持ちが落ちつかない私は、あたふたとして口を開く。
「そ……そうですね。もし次、会うときが来たら……」
連絡を取り合う仲でもない人との『次』なんて、そうそう来るものではない。
でも、この場ではそう答えるのがスマートだと思った。
菱科さんは残りの絆創膏や消毒液が入った袋を手渡して、ひとこと言う。
「じゃあ、約束」
そうして私の目を覗き込み、笑顔を残して去っていった。
茫然と立ち尽くす私は、ひとりになってもすぐに動けなかった。
『約束』を守る日が訪れる可能性はゼロに等しい。だって世界はとても広い。
なのに、菱科さんの別れ際に見せたどこか力強い瞳を思い出すと、なんだか心が落ちつかなかった。
――二週間後。
海外出張から無事に帰国した私は、今日までいつも通り仕事に明け暮れていた。
ようやく関わっている仕事がひと区切りついたため、今日は都内の病院に行こうと決めていた。
小さい頃から面倒を見てくれていた祖母が入院しているのだ。
祖母は若い頃に乳がんを患った。あの頃は祖母も五十代前半で体力もあり、また病気の発見が早かったため大事には至らなかった。しかし、約十年後に再発。さらに最近肺への転移も見つかって、治療を続けている最中で入退院を繰り返している。
多忙な両親に代わり、幼い頃の私や姉の面倒を見始めてくれたときには、すでに一度病気が発覚し、治療を終えたあとのこと。
病院に着いたのは午後七時前。私は病室に入り、祖母のベッドまで歩みを進める。
祖母の病室は四人部屋で、ベッドはすべて埋まっている。もう夕食も終わったあとだからか、みんなカーテンを引いて静かに過ごしていた。
私は周囲に配慮し、祖母のカーテン越しに小声で呼びかける。
「おばあちゃん」
「あら。その声は、さっちゃん?」
祖母の応答を受け、私はカーテンの隙間から、そっと顔を覗かせる。
祖母はベッドの上で横向きに寝転がっていた。
「当たり。ごめんね。寝てた?」
「ううん。横になってただけ」
ゆっくり身体を起こそうとする祖母を見て、すぐに手を伸ばし身体を支える。目尻に皺を増やして「ありがとう」と言う祖母に、私も微笑み返す。
「仕事は落ちついたの? 前に来てくれたとき、今度は今までよりもさらに忙しいところに変わったって話してくれたじゃない」
私はベッドの横の丸椅子に腰を下ろしながら答える。
「うん。でも今日は早く終わったから。これ、お土産。本当はもっと早く渡しに来たかったんだけど」
バッグから手のひらに収まる紙袋を取り出し、祖母に渡した。
「お土産? どこに行ってきたの?」
「アメリカまで。今の仕事は海外出張もあるんだ」
「えー、そうなの。すごいわね」
祖母は感嘆の声を漏らしつつ、「わざわざありがとう」とお土産の包みを開いた。
「あら。いいわね。置き物?」
「そう。ワシントンの観光名所のスノーグローブなの。振ると雪みたいに中の紙が舞うん
だよ」
「あら、本当だ。綺麗ね」
「あともうひとつ入ってるでしょ?」
「ふたつもお土産があるの?」
祖母は驚いた顔で、再び紙袋に目を落とす。そして、中からスティック状のものを取り出した。
「リップクリーム。おばあちゃん、薬の副作用で口が渇くって言ってたから。気休めかもしれないけど」
「まあ……そんなこと覚えてくれていて。本当にうれしい」
顔を綻ばせる祖母を見て、胸が温かくなる。
祖母は昔から久東百貨店がお気に入りで、洋服や小物、贈答用のお菓子などはすべてといっていいほど久東百貨店で買い物をしていた。
そして、私が祖母の買い物についていったときには決まって、上階のレストランでケーキやパフェをごちそうしてくれる。
子どもながらに、百貨店のレストランを訪れることは贅沢で、特別なものだと認識していた。だから、祖母と一緒に久東百貨店へ出かけるときはドキドキしていた。
彼は出会った瞬間から、ずっと紳士的だった。
今もまた、きっと私が気まずくならないような雰囲気を意識して気遣ってくれている気がする。
脳内であれこれ考えている間に、彼が一歩近づいてきた。反射的に彼を見上げた瞬間、耳元でささやかれる。
「その代わり、次に会ったときは俺に時間をくれるって約束して?」
低く艶やかな色っぽい声に足の力が抜け落ちそう。
どうにか堪えて一歩後ずさる。彼の微笑みは気品が溢れているためか、下心があるようにはまったく見えなかった。
本気なのか社交辞令なのか、判別できない。こんな約束を交わしちゃっていいの?
菱科さんは、至近距離でうっすら唇に笑みを浮かべて返答を待っている。
気持ちが落ちつかない私は、あたふたとして口を開く。
「そ……そうですね。もし次、会うときが来たら……」
連絡を取り合う仲でもない人との『次』なんて、そうそう来るものではない。
でも、この場ではそう答えるのがスマートだと思った。
菱科さんは残りの絆創膏や消毒液が入った袋を手渡して、ひとこと言う。
「じゃあ、約束」
そうして私の目を覗き込み、笑顔を残して去っていった。
茫然と立ち尽くす私は、ひとりになってもすぐに動けなかった。
『約束』を守る日が訪れる可能性はゼロに等しい。だって世界はとても広い。
なのに、菱科さんの別れ際に見せたどこか力強い瞳を思い出すと、なんだか心が落ちつかなかった。
――二週間後。
海外出張から無事に帰国した私は、今日までいつも通り仕事に明け暮れていた。
ようやく関わっている仕事がひと区切りついたため、今日は都内の病院に行こうと決めていた。
小さい頃から面倒を見てくれていた祖母が入院しているのだ。
祖母は若い頃に乳がんを患った。あの頃は祖母も五十代前半で体力もあり、また病気の発見が早かったため大事には至らなかった。しかし、約十年後に再発。さらに最近肺への転移も見つかって、治療を続けている最中で入退院を繰り返している。
多忙な両親に代わり、幼い頃の私や姉の面倒を見始めてくれたときには、すでに一度病気が発覚し、治療を終えたあとのこと。
病院に着いたのは午後七時前。私は病室に入り、祖母のベッドまで歩みを進める。
祖母の病室は四人部屋で、ベッドはすべて埋まっている。もう夕食も終わったあとだからか、みんなカーテンを引いて静かに過ごしていた。
私は周囲に配慮し、祖母のカーテン越しに小声で呼びかける。
「おばあちゃん」
「あら。その声は、さっちゃん?」
祖母の応答を受け、私はカーテンの隙間から、そっと顔を覗かせる。
祖母はベッドの上で横向きに寝転がっていた。
「当たり。ごめんね。寝てた?」
「ううん。横になってただけ」
ゆっくり身体を起こそうとする祖母を見て、すぐに手を伸ばし身体を支える。目尻に皺を増やして「ありがとう」と言う祖母に、私も微笑み返す。
「仕事は落ちついたの? 前に来てくれたとき、今度は今までよりもさらに忙しいところに変わったって話してくれたじゃない」
私はベッドの横の丸椅子に腰を下ろしながら答える。
「うん。でも今日は早く終わったから。これ、お土産。本当はもっと早く渡しに来たかったんだけど」
バッグから手のひらに収まる紙袋を取り出し、祖母に渡した。
「お土産? どこに行ってきたの?」
「アメリカまで。今の仕事は海外出張もあるんだ」
「えー、そうなの。すごいわね」
祖母は感嘆の声を漏らしつつ、「わざわざありがとう」とお土産の包みを開いた。
「あら。いいわね。置き物?」
「そう。ワシントンの観光名所のスノーグローブなの。振ると雪みたいに中の紙が舞うん
だよ」
「あら、本当だ。綺麗ね」
「あともうひとつ入ってるでしょ?」
「ふたつもお土産があるの?」
祖母は驚いた顔で、再び紙袋に目を落とす。そして、中からスティック状のものを取り出した。
「リップクリーム。おばあちゃん、薬の副作用で口が渇くって言ってたから。気休めかもしれないけど」
「まあ……そんなこと覚えてくれていて。本当にうれしい」
顔を綻ばせる祖母を見て、胸が温かくなる。
祖母は昔から久東百貨店がお気に入りで、洋服や小物、贈答用のお菓子などはすべてといっていいほど久東百貨店で買い物をしていた。
そして、私が祖母の買い物についていったときには決まって、上階のレストランでケーキやパフェをごちそうしてくれる。
子どもながらに、百貨店のレストランを訪れることは贅沢で、特別なものだと認識していた。だから、祖母と一緒に久東百貨店へ出かけるときはドキドキしていた。