姉の身代わりでお見合いしたら、激甘CEOの執着愛に火がつきました
 あの感情を今でも大事にしていて、お客様に同じような気持ちを感じてほしいと願って仕事と向き合っている。
「さっちゃんは、いい人いないの?」
 ふいうちの質問に、思わず目を見開いて固まった。
 これまで、恋人についての話題はしたことがなかった。だから余計に、初めてそんなふうに聞かれて戸惑った。
「あー、うん。今はね。別にいいかなって。ほら、私不器用だし。仕事に熱中してるときってほかが疎かになっちゃうんだ」
「確かにさっちゃんは昔からそうよねえ。集中力は素晴らしいんだけど、満遍なくっていうのが苦手だものね」
 祖母は穏やかな口調でそう言って笑った。小さい頃から面倒を見てくれていた祖母だから、納得する部分があるのだと思う。
 しかし、笑っていた祖母が、ふいにぽつりとつぶやく。
「そんなさっちゃんだからこそ、誰かいい人がいてくれたら安心なんだけどねえ」
 祖母の身体は、昔と比べひと回り小さくなった。そんな祖母が背中を丸めると、さらに小さく弱々しく見える。
 祖母は顔を上げて私をまっすぐ見ると、目尻を下げた。
「まあ、最後に決めるのはいつだって自分自身だけどね。あんまり頭から『不器用だから』ってあきらめないこと。大抵のことは、自分以外の誰かと関わりがあって、助け合えるんだから」
「うん。わかった」
 それからすぐ、私は病室をあとにした。
 不思議と、両親に言われるよりも祖母に言われたほうが素直に頷ける。それは昔からそうで、今も変わらなかった。
 駅に向かう間、祖母からかけられた言葉を反芻する。
 大人になっても、まだ心配させているんだな……。
 祖母が病気とわかった幼少期から、意識的に『しっかりしよう』と思って背伸びしてきた。おかげで家事全般は問題なくこなせるし、無事希望した企業に就職もできて、自己採点で言ったら百点満点だ。
 だけど、祖母にとってはそれは安心材料のひとつであって、両手放しで安心できるというわけではないらしい。
 この先、何十年と長い人生を真剣に考えたときに、助け合える『誰か』が私のそばにいたら――。
 祖母は私を思って、言葉をかけてくれたのだろう。
 私だって、本音を言うなら恋愛にまったく興味がないわけではない。就職した直後は、学生の頃からつき合っていた彼氏と続いていた。
 けれども、私が仕事で頭がいっぱいになって、時間的にも気持ち的にも余裕がなくなってしまって。
 最後には彼氏の浮気が発覚し、『お前は不器用すぎて疲れる』と言い捨てられた。
 反論もできずに俯いた私は、あれからずっと仕事を優先し、恋愛を遠ざけている。
 それでも、ときおり気づいてしまう。
 この先、ひとりで居続ける準備もなければ覚悟もないということに。

 その後も変わらず仕事に追われ、数日が経った。
 次の企画会議を前に、流行は巡ることを考え、仕事終わりに実家にあるひと昔前のアルバムにヒントを求めることにした。
 私はひとり暮らし歴四年。就職して数年は実家から通勤していたのだけれど、片道一時間以上の距離だったため、勤務先に近い場所でアパートを借りた。通勤時間を仕事に費やそうと考えてのことだった。
 実家に到着すると、家の中は電気がついていた。
 姉もとっくに家を出て自立しているため、実家には父と母のふたり。いるのは母だけか、それとも父も帰宅してきているのか。
 そんなことを考えつつ、玄関のドアノブに手をかける。
 今日帰宅するということを母に連絡をしなかったのは、あえてのこと。
 母は私や姉が『帰る』と伝えると、食事の準備を張り切りすぎるからだ。
 その気持ちはとてもありがたいのだけれど、母の張り切り具合ときたら、さながらパーティーかのように盛大な食卓に仕上がるのだ。
 母の手料理は美味しいが、今日は必要なものを揃えたらすぐ自宅へ戻って仕事をする気でいたため、連絡を控えてしまった。
 玄関に入ってすぐ、紳士ものの革靴が目に入る。
 父もいるのだとわかり、私は父の革靴の横で靴を脱いだ。
 廊下からリビングに向かって声をかけようとしたとき、母の驚いた声が聞こえてきて思わず口を閉じる。
「縁談!? どうしてうちにそんな話が? お相手はどちらの方なの?」
 縁談? って、あの縁談のことだよね。え? どういう話?
 私も母同様に衝撃を受け、なんとなく話の腰を折りたくなくて廊下でこっそり耳を澄ます。
「確か久我谷グループの関係者だとかなんとか……年齢は來未のひとつ年上らしい」
 父の返答に目を剥く。
 久我谷グループ? それって、久東百貨店の親会社じゃ……。
 驚きで固まっていると、再び母の声がする。
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